第52話

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第52話

 やがて十五分ほども飛んだBELはランディング態勢に入る。何処にも寄らずに飛んできてリーラン上空に差し掛かっていた。背の低いビル屋上に小型BELはスキッドを接地させる。 「マフィアの手を借りるとは古典的だな」 「それだけに効果もある、身を以て知るがいい」  それからあとはもうシドの軽口にダークスーツたちは乗ってはこなかった。彼らに銃口でものを云われ、シドはハイファを両腕に抱いて降機する。ダークスーツらの銃はシリルM220だった。惑星警察の制式拳銃というのは何かの洒落なのかと思ったが、ありふれていると言えば言えなくもない。  こうなった以上、右手が空いていようがいまいが一緒だ。雨に濡れつつシドはショルダーバッグを担ぐとハイファをしっかりと抱いた。ノーブルな顔は眠り人形のようである。危ない薬でなければいいがと思い、覗き込んでいるとまた銃口で急かされた。  エレベーターでもオートスロープでもなく階段を八名の大所帯で降りる。  客用ではなく業務用らしい階段は荒れていて、掃除用具や壊れたスロットマシンなどが放り出された上に埃が積もって酷く歩きづらかった。そんな階段を延々と下らされる。ハイファを落とさないようシドは細心の注意を払って一歩一歩下った。  六階分も降りてようやく通路に曲がるよう指示され、幾つかのオートドアを通り過ぎた。何処も薄暗く、酷い荒れ方から、ここはたぶん廃ビルなのだろうと思われた。歓楽街の店の盛衰は激しいのでありがちだ。  やがてオートドアのひとつに入るよう促されて足を踏み入れると、そこには嫌なタイプの監視人が二桁も雁首を揃えていてげんなりした。首からはゴールドチェーン、手首にはギラギラのリモータ、まとっているのは着崩れたドブ色スーツという三下ばかりだったのだ。  話の通じないこういう輩が一番厄介だ。 「なあ、何処か別の監禁場所はねぇのかよ?」 「残念ながらここだけだ」 「じゃあ、何で俺たちを(バラ)さない?」 「何処まで中央情報局第二部別室とやらに流れたか、訊き出せとの仰せだ」 「ふん。俺たちをどうしようが、別室は方針転換なんぞしねぇからな」  別室がたった二人を助けるなどとは有り得ない。シドはそれを充分承知していた。しかしダークスーツの一人は興味のなさそうな顔をして肩を竦めただけだった。 「そこまで我々は関知しない。これでもサラリーマンでね……行け」  突き飛ばされるようにして奥へと移動する。室内は意外に広くデカ部屋くらいあった。テーブルや椅子が配され舞台があるのを見ると、ここは元クラブかストリップ劇場といった所らしかった。けばけばしいカーテンが破れて、雨とはいえ窓外の明るさが眩しい。  だが三下たちのぎらついた目は清々しい明るさとは無縁だった。そいつらの真ん中に放り出されてシドはハイファを抱いた腕に力を込める。振り向くと二ヶ所あるオートドアからダークスーツ二人が出て行くところだった。四人が残り、二人がシドとハイファの銃を、二人がシリルを手にして、それぞれ二人すつがオートドア前に立ち塞がる。  三下たちが二人に迫り、ものも言わずにシドからハイファを引き離した。 「くそう、やめろ……ハイファに触るな!」 「うるせぇんだよ、騒ぐんじゃねぇっ!」  よっぽど五月蠅い大声で喚いた三下の一人がシドに蹴りを放つ。シドは一歩退いて綺麗に避け、素早く前蹴りを返した。まともに入ってよろけた男の膝を前から容赦なく蹴り飛ばす。 「ぐはあっ……痛ぇ、痛ぇよ!」 「野郎、やりやがったな!」  仲間の膝を折られて転がされ、他の三下がいきり立ちシドに殴り掛かった。ウィービングで避け、右ストレートを叩き込む。次に飛び掛かってきた男に腰の入った回し蹴りを見舞った。男は吹っ飛んで仲間に受け止められる。だが多勢に無勢で一気にのしかかられ、足を払われて倒れたところで面白半分に蹴られた。  腹に革靴のつま先が入って吐き戻しそうになり、背中を思い切り蹴られて息が詰まる。さんざん蹴られてロクに身動きが取れなくなった頃に、男の一人に腹の上に跨られてレーザーガンを鼻先に突き付けられた。 「綺麗な顔してやってくれる、ミックの脚を折った落とし前はつけさせて貰うぜ」 「ライモン、そっちはあとだ。こっちも上物、大人しいうちにやっちまおうぜ」  そのひとことで全員の目が舞台上に寝かせられたハイファの方を向く。途端にシドの全身から冷たい汗が噴き出した。男が二人して舞台に上がり、ハイファのソフトスーツの前を開け始める。裾を引き出したドレスシャツを力任せに引き裂いた。ボタンが弾け飛ぶ。 「やめろ、ハイファに手を出すな!」 「そう言わずに、てめぇも一緒に鑑賞するんだな」 「ざけんな、やめろ! やるなら俺をやれ、ハイファ、ハイファ!」  必死で叫び懇願したが、誰もが獲物をいたぶる愉悦に浸って、嗤いを深くするばかりだ。 「いい覚悟だが心配しなくたってあとで仲良く可愛がってやるからよ」 「やめろ、やめてくれ……ハイファを離せ!」 「騒ぐな。その減らず口が利けなくなるくらい、しゃぶらせてやるぜ」  それでもシドは叫び、暴れ続けた。男たちに五人がかりで押さえ付けられる。だがなおシドは暴れた。怒りとリミッタを超えた力の暴走で眩暈がするほどだった。  しかしそんなシドの抵抗も虚しく、自ら暴れることもできないハイファは全ての衣服を剥ぎ取られ、眩いばかりの白い躰は舞台上で男二人に跨られてしまう。 「ハイファ、ハイファ……頼む、やめてくれ!」  雨の窓外から差し込む明かりがハイファの裸身を輝かせていた。そこに跨った男たちは自分の下衣を緩めて禍々しくすら見える黒く太いものをハイファに擦りつけ始める。  男たちの一様に下卑た嗤いが湧いた。 「ハイファ! 頼む、やるなら俺をやってくれ!」 「そこまで言うなら一緒にやってやろうぜ」  誰かが言い出しシドまでもが舞台上に引きずり上げられる。渾身の力で暴れるも対衝撃ジャケットの前を開けられ、綿のシャツが引き裂かれるまで時間は掛からなかった。  気味の悪い男の舌が腹から胸を這う。両手両脚を押さえ付けられていて身動きは一切叶わない。だがシドは自分に矛先が向いている間は、抵抗する気はなかった。けれど隣ではハイファがまだ嬲られかけていて、シドは怒りとハイファを傷つけられる恐怖とで思考を空転させる。   自分がついていながら、こんなことがあってはならない。絶対に許せない――。 「ハイファ、起きてくれ、ハイファ!」 「この野郎、うるせぇってんだよ!」 「黙ってヤラれてろ!」  跨った男にレーザーガンで殴られた。思い切り頭が振られて軽い脳震盪を起こし、一瞬だけ意識を飛ばす。朦朧としたまま口に溜まった血を吐き出した。だが隣で苦しげなハイファの声が聞こえ、一気に目が覚める。自由になる目だけを動かすと、ハイファが膝を立てた細い脚を押し広げられていた。他人を受け付けない躰が意識のないまま拒否しているのだ。  しかし既にぎらついた目という目がハイファを嬲っている。もう何も手立てがない……。  それでもシドは意地で男らを睨み続けた。そのシドの頬をレーザーガンの銃口がなぞる。だがここまできてしまえばハイファは意識のない方がいい。そう思って口を閉じた。  そのとき何かが視界のふちを掠めた。目だけを限界まで動かしてそれが何かを見極める。途端に大音響を立てて窓という窓が内側に吹き飛んできた。窓の外にBELが滞空し、スライドドアを開けた後部から誰かがサブマシンガンをぶちかましていた。  三下たちが呆気にとられたその瞬間を見逃さない、シドは自分の頬を嬲っていたレーザーガンをもぎ取った。手の中で回転させるなり目前の男の脳を沸騰させる。跳ね起きハイファを責めようとしていた男たちの頭を容赦なく薙いだ。
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