第53話

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第53話

 見張りのダークスーツ四人は幸いサブマシンガン二丁が抑えている。  窓の破片を浴びて混乱する三下を狙うのは呆気ないほど簡単だった。愛銃に比べれば頼りないほどチャチなレーザーガンでシドは舞台上から次々と三下たちを射つ。  本当ならマックスパワーのレールガンで吹き飛ばしてやりたいくらいだった。意識がないとはいえ、無理矢理嬲りものにされかけたハイファの悔しさを思って、射ちながらも頭が加熱する。  混乱の約三秒でシドは三下全員にレーザーガンを浴びせ絶命させていた。  だがそこでダークスーツたちが反撃を始めた。果敢にもサブマシンガンに対して応射、サブマシンガン側はスライドドアを盾にしてダークスーツの攻撃を躱している。  そこにシドも参戦、辺りに転がる残弾が怪しい旧式銃ではなく、握ったレーザーガンでダークスーツたちを狙う。  サブマシンガンは最低でも毎分四百発、速ければ毎分千五百発という発射速度だ。それを二丁も相手にしながらシドの攻撃は避けられず、四人が三下たちのあとを追うまであっという間だった。  真っ先にシドはレールガンを取りに走る。テミスコピーも回収してベルトの腹、やや左に差し込んだ。そして急いでハイファの身なりを整える。最低限のことを終えると、ふいに若草色が鈍く覗いた。だがまだ瞳には力がなく茫洋としている。  しかし歩いて貰うに越したことはない。放置されていたショルダーバッグを担いで訊いた。 「ハイファ、立てるか?」 「ん……シド?」 「質問はあとで受け付ける。まずはその窓まで……あうっ!」 「シドっ!」  消えていたダークスーツ二人が戻ってきていた。オートドアの片側から顔を覗かせ銃口を突き出している。シリルのプラ弾が掠めた左こめかみから血が流れるのを意識しつつ、シドは身を捻りながらテミスコピーを引き抜いてハイファに投げ渡した。  ハイファ、発砲。シドの肩越しに撃った二発は容赦のないヘッドショット、ダークスーツが視界から消える。だがこれだけの死体の傍で暢気にはしていられない。惑星警察も敵なのだ。 「行けそうか、ハイファ?」 「大丈夫、もう平気」  窓に二人は駆け寄った。誰だか分からないが助けであるのは確実、とにかく敵の追加がこないうちに逃げる手だ。ギリギリまで窓に近づいたBELのスキッドに足を掛けると、シドはハイファの細い腰に片腕を回してしっかり抱きBELの中へと飛び移った。  座席を全て取り外した後部に乗り移ってみるとBELは細い裏通りの上、低いビルとビルの間に滞空していて、よくここまで降ろせたものだとパイロットの腕の良さに感心する。BELは辺りのビルに触れないよう、ゆっくりと垂直上昇を始めた。  安堵してシドは座席を取り払った床に座り込む。ハイファがシドの左こめかみの傷を看た。 「掠っただけみたいだけど、あとでちゃんと処置しなきゃ」 「いいさ、舐めときゃ治る」 「自分じゃ舐められないよね。今、舐めてもいい?」  二人の世界を構築していると、ふいにシドはサブマシンガン二人の視線に気付いた。じんわりとした視線を向けてくる彼らを見返す。それは黒い戦闘服を身に着けた若い男女だった。 「あー、助けて貰った、それでいいんだよな?」 「そう思ってくれると嬉しいが」  答えた男の方をシドとハイファは注視する。男は朗らかな笑みを浮かべていた。 「で、助けてくれたあんたらはいったい何者なんだ?」 「端的に言えば警察だ」 「……警察だと?」  聞いてシドは一瞬BELから飛び降りるか否かを真剣に考えた。ここの惑星警察は完全に敵の息が掛かっている。このまま再び拉致されては今度こそ生きての脱出は不可能だろう。  だがシドの顔色を読んだ戦闘服の男は、また朗らかに笑った。 「心配せずとも我々は地元惑星警察とは一線を画す存在だ」 「じゃあ、何だってんだよ?」 「正式名称はないが、存在を知る者は我々を『特命』と呼んでいる」 「特命……誰の特命を受けてるんだ?」 「それは――」  男の言葉が立ち消えとなる。姿勢制御装置の付いたBELがグラリと傾いでいた。シドは下方を見る。開いたままのスライドドアから見えたのは先程までいた廃ビルの部屋、その吹き飛んだ窓から覗いた茶色い髪と銃口だった。  咄嗟に思ったのはフォーティーファイヴ・ホローポイント、だがそんなモノでBELは墜とせない。 「二発目くるぞ、RPGだ!」  戦闘服の男の声でビル屋上に目を移すとRPG発射筒、いわゆる歩兵用携帯式ロケット弾がこちらを狙っていた。ヒュルヒュルと飛んできたそれをBELは機体を滑らせて避ける。だが近接信管が作動、BELは大揺れに揺れながら急上昇するも、機体モニタと連動したブザーがけたたましい警告音を鳴り響かせ始めた。 「RPGって、戦争かよっ!」  叫びつつシドは開けっ放しのスライドドアから先程のビルの窓、こちらを狙う銃口に向かってレールガンのトリガを引く。同時に返ってきたのは弾の一発、シドは傷ついたこめかみを再び擦過されて衝撃波に目眩を起こし機内に尻餅をついた。 「シドっ!」 「大丈夫だ、当たってねぇ。残念ながらお互いにな」 「でもすごい血だよ!」  ハイファはハンカチを出そうとして何処にも見当たらず、自分のドレスシャツの裾を破いてシドの左こめかみに押し当てる。そうしてファーストエイドキットを目で探した。 「そいつはさっき、そこから落ちてったぞ」  戦闘服の男が開いたスライドドアを指す。代わりに女が何か差し出した。 「これ、貴方たちへのプレゼントらしいから返しておくわ」  シドの掌に落っことされたのは機内緩衝材に撃ち込まれてマッシュルーミング化したホローポイント弾だった。渡されても嬉しくはない。そこで後部の乗員にパイロットが叫ぶ。 「暢気にしてるんじゃない、墜ちるのは確実なんだぞ!」  続けてコ・パイロットが冷静に告げた。 「機体モニタ上、反重力装置はRPGで掠め取られ、フェイルセーフも損傷。飛行不能だ」  奇跡的に浮いているBELはリーランとアリミアの境、郊外まで飛んできていた。ふらふらと高度を下げつつ腕のいいパイロットはランディングポイントを探しているようだ。だが見つける前に更に警告音が大きくなり、耳を聾せんばかりとなる。 「全員、対ショック!」  シドとハイファはその場に座り込むと膝の間で頭を抱え込んだ。男女も同じく対ショック姿勢、BELはしゃっくりのような急加速を繰り返し、それにつれて落下速度も増す。  おまけに機体にはロール方向に回転が加わって、危うく開いたドアからハイファが滑り落ちそうになるのをシドが掴んで引き戻した。激しい機動に上下感覚が失くなる。機体が軋んで神経を擦り上げるような音を立てた。  断末魔の悲鳴のようなそれを耳にしながらシドは対ショック姿勢から身を起こし、素早く対衝撃ジャケットを脱ぐとハイファにバサリと被せ、上から固く抱き締める。  次にはもの凄い音と衝撃を受けて、シドは「また気絶かよ!」と心の中で自身に突っ込みを入れつつ、予想通りに気を失った。
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