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第59話
だが女医は思いもしなかった材料で二人に斬り込んできた。
「別室員は、ときに基地司令すら動かせる、違ったかい?」
「よく知ってんな、クソ、もとい、先生」
「元々あたしは中央にいたんだ、とばされちまったけどね」
「へえ、そいつはご愁傷さんで……」
トバされた理由は訊かずとも分かる気がする二人だった。
「でも、だからってここの基地を動かす訳にはいかないと思いますけど。それこそ何処にSDBのスパイがいるか分からないんだし」
「確かにそうかも知れないけれどね――」
そこで女医は身を乗り出してシドとハイファを交互に見上げ、しみじみ語り出す。
「――何にしろこれ以上、あの子らを死なせたくはないんだよ。長いものに巻かれることも知らずに割を食ってばかりいる、なのに大事なことを忘れちゃいないあの子らをね。協力してやってくれないかい?」
まさかここにきて浪花節調で説得されるとは想定外だった。
だが下手に出られてユルんだ直後、女医は二人に鞭を振り上げるが如く言い放った。
「何なら別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎と話をつけたっていいんだよ?」
急に脅しに掛かられてシドとハイファは仰け反った。この女医なら口先だけではない、ユアン=ガードナーを妖怪だと知るこの女医なら確実にやるだろうと思わせる迫力があった。
「マジかよ……?」
「あああ、第二の別室任務命令書が見えるよ~っ!」
ニヤリと笑う女医を前にして二人は蛇に睨まれたカエル、逃げ道はなかった。
コーヒーを飲み干して煙草を消し、とぼとぼと二人は新たな寝床のある自室に戻った。
「で、どうするってか?」
「丸投げせずに、あーたも一緒に考えてよ、蜂の巣にならない手をね」
「それこそ基地司令に『全ての仕事を放り出して……』ってヤツを発動すればどうだ?」
「『全ての通常業務を停止して最優先で発動者を直接的に支援せよ』、中央情報局第一種強権発動ねえ。でも言ったでしょ、誰が敵の手の内にあるか知れないんだよ?」
「後ろから撃たれるってか。じゃあ強権第二種で『バックアップ態勢』だけでもとらせてさ、得物だけでも充実させようぜ」
「減っちゃった人数から言っても、それも怪しいと思うよ。手は二本ずつしかないんだから」
「そうか……」
出す案が全て却下され、シドは消沈しつつも考える。こんな星で蜂の巣になるなど人生設計にはない。何とか蜂の巣にされずにシュレーダー・ディー・バンク社、この星での国家にも等しい牙城に斬り込まなければ……。
「『このフラナスでSDBは一国家にも値する力がある』、そうだよな?」
「ロイが言ってたこと? まあ、そうなのかもね」
「国家並みのシュレーダーに楯突くんだ、テロリストも同然なんだよな」
「なあに、どうしたのサ、急に?」
「まともな手で勝てねぇなら、卑怯な手を使うまでだ」
「えっ、それってどういうこと?」
「だからさ――」
◇◇◇◇
翌日、互いに腕枕と抱き枕の具合がよかったため、二人はすこぶる快調に起き出した。
昼食まで摂ったシドとハイファは第二憲兵小隊の事務所に顔を出したのち、襲撃から逃れた腕利きパイロットとコ・パイロットに送られてアリミアまで戻った。
一緒にやってきたのはロイにエルトンとジェイという、全員男性である。
スーツとネクタイで身を固め、総勢五人で降り立ったのはシュレーダー・ディー・バンク社の寮だった。シドとハイファが二時間だけ入居した自室のあるビルである。BELは三十五階モノレールステーションの駐機場で五人を降ろし、速やかに去っていった。
BELを見送ったのち、シドは男たちを前に改めて計画の確認をする。
「ここから三駅でSDB本社第五ビルだ。そこからの帰り道が勝負だからな」
「分かっている。だが往きにセキュリティに弾かれては何にもならんぞ」
ロイの言葉にエルトンとジェイが硬い顔で同意した。だがシドは一蹴する。
「弾かれようが構うもんか、俺たちはテロリストだぜ?」
「う……それもそうか。諦め肝心だな、そうだな……ハァ~っ!」
「辛気臭ぇ溜息ついてんじゃねぇよ、行くぞ!」
それでもちゃんと自販機でチケットを買い、ハイファが自分たちのものをコピーし偽造した武器所持許可証をそれぞれがリモータチェッカに翳したため、スムーズにモノレールに乗ることができた。コトコトと運ばれ三駅目で下車する。
「現在時、十六時五十七分。いい時間だよ」
「あと十分もすればリーマンの大群が押し寄せる。全員、準備はいいな?」
頷いてそれぞれが配置に就く。
果たして十分後には退勤の第一陣がやってきて、SDB本社第五ビルのステーションは立錐の余地もなくなった。そこに五両編成のモノレールが到着し、シドたちと共にリーマンが流れ込んであっという間に車両はすし詰め状態となる。
そして車両が動き出し、一駅目で僅かな人数が降りていった。ラッキィな人間たちである。
再び動き出して駅と駅の丁度中間に差し掛かった頃、シドが動いた。まずは第一段階、人をかき分けたシドは緊急停止ボタンをためらいなく押す。
ブレーキが掛かるのを感じながら素早く迷彩の布を顔に巻いて目だけ出し、こちらも布で顔を隠したハイファと背中合わせに立って大喝した。
「この車両は俺たちが乗っ取った! 死にたくなければ全員その場に座って自分の足首を掴め! おらおら、五秒以内だぞ!」
同時にハイファが天井に向けてテミスコピーを二射発砲。撃発音に驚いた乗客たちは言うことを聞くよりも我先に逃げ出し、シドたちのいる三両目は瞬く間にスカスカとなる。
だがこれは想定内、ブレーキが掛かると同時に一両目ではロイが、五両目ではエルトンとジェイが顔を布で隠して同じ科白を放ち、威嚇発射を行っていた。故に二両目と四両目に乗客らは分かれて詰め込まれたことになる。
詰め込めば意外と入るものだ。
第二段階としてシドは車両の前後にいる運転士と車掌に直通会話が可能なパネルに近づき、ボタンを押して音声素子の埋め込まれた辺りに低く話しかけた。
「このモノレールは我々『特命革命軍』が乗っ取った。勝手に車両を動かす・不審な動きをする・外から攻撃させる、どれも実行したら乗客ごと車両を吹っ飛ばすぜ」
《――早まるな、要求を訊こうじゃないか》
「さすがは車掌さん、落ち着いてるな。だがまずは人質の心配をするべきじゃねぇのか、ああん?」
《そ、その通りだ。わたしと運転士が人質になる、だから――》
「ふざけんじゃねぇぞ、乗客の命全てが買えるほど、テメェら二人の命が高いと思うなよ!」
「わあ、すんごい封殺科白……」
がらんとした車両のベンチに座り、ハイファが呟いた。
「五月蠅い、ハイファ。お前も何かひとことねぇのか?」
黙ってしまった車掌にハイファが救いの手を差し伸べる。
「今から気分の悪くなった人を一両目に移すので、面倒を見てあげて下さいね」
《はっ、はい!》
真ん中からシドが、一両目と五両目からロイたちが呼び掛けると、気分の悪くなった者と持病のある者、女性に十八歳以下、五十一歳以上の男性がゆっくりと移動を始めた。
全員で五十名近くは多いような気もしたが、構うことなくシドたちは彼らを一両目のベンチに座らせ、速やかに二両目以降に撤退する。スライドドアを閉めると試行錯誤して一両目の連結を切り離した。
そして運転士に命じる。
「よし、運転手は責任を持って次のステーションに行け!」
と、一両目を見送ってから怒鳴った。
「車掌、聞いてるか!」
低く通るシドの声に、打てば響くように車掌は応えた。
《はいっ!》
「あんたに俺たちの要求を伝える。いいか?」
《……な、何でしょう?》
「今すぐ、ここにシュレーダー・ディー・バンク社のダーレン=ブルック社長とサイラス=ベンサム会長をつれてくるんだ。そのために五両目を切り離す。いいか、二十分以内だ。それを一分超えるごとに……どうなるかは分かってるだろうな?」
《は、はい……》
「それと今からリモータIDを小電力バラージ発振で流す。以降の連絡はこれのみだ」
《……分かりました》
車掌はもう泣いていた。可哀相だが仕方ない、自分たちはテロリストなのだと言い聞かせ、シドはロイたちと手分けして車掌だけの乗った五両目の連結を切り離す。
「車掌、さっさと二人をつれてこい!」
それからシドは三両目ド真ん中に仁王立ちし、二両目と四両目の乗客たちに喚いてみせた。
「誰もヒーローぶって寿命を縮めるんじゃねぇぞ、コラ!」
「……絶対、愉しんでると思う」
「似非テロリストとは思えんな」
「大体、妙に手慣れてないか?」
「現役警察官……だったよな?」
ハイファとエルトン、ロイとジェイがひそひそと囁き合う中、シドはレールガンで二両目と四両目の天井に穴を空けて回る。
本人は新鮮な空気を入れてやろうという気持ち、だが当然ながら誰にも伝わりはしなかった。
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