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第60話
そのうちに停止した三両の周りをBELが舞い始める。地元惑星警察の緊急機とメディアのカメラを搭載した中継機だ。それを眺めてシドはおもむろに次の指示を乗客に飛ばす。
「全員、立ち上がって窓に両手をつけ!」
窓には限りがあった。乗客の三分の一近くが二両目と四両目の窓にあぶれ、シドたちのいる三両目までやってきて窓に手をつかざるを得なくなる。
その頃になって外から拡声器の喚きが響いてきた。
《特命革命軍の諸君に告ぐ。今すぐ投降したまえ。投降しない場合は攻撃する用意がある!》
人質の何人かはギョッとしたように肩を震わせた。窓越しに警察の武装BELが二十五ミリチェーンガンのターレットをチキチキチキと回し、銃口を自分たちに向けたからだ。
軍にも招集が掛かったのか、ミサイルポッドを抱き、二十ミリバルカン砲を装備した攻撃BELまでが動かぬモノレールに高度を合わせて滞空している。
それでも何より強いのは市民感情をも操作するメディアの力だった。人質の盾は外からマスコミの取材BELでカメラに撮られている。これでは体制側も撃てないだろう。
膠着状態の間に今日買ったばかりのリモータで、ハイファがプロキシを通して惑星警察の指令センターに発振、車掌に伝えたのと同じ要求を伝えたのち、速やかに通信を切った。
やがて十五分が経った頃、唯一の連絡用リモータに音声通信を求める発信が入る。
「おう、何だ。シュレーダーの社長と会長以外なら即、切るぜ?」
《わたしはシュレーダー・ディー・バンク社・会長のサイラス=ベンサムだ》
「とっととこい、あと五分切ったぞ!」
《要求は何だ、我がシュレーダー・ディー・バンクの名に懸けて全ての要求を呑もう。だから人質を速やかに解放して――》
「ざけんな、テメェら二人が雁首揃えるまで一人たりとも解放しねぇからな、分かったか!」
言うなりシドはレールガンを連射モードにセット、乗客たちが手をついた窓の頭上、壁にフレシェット弾を叩き込んだ。最弱パワーで貫通はしないが破片が飛び散り、悲鳴が湧く。
壁を狙いパワーを落としたのは、落下物で地上に被害を及ぼさないためだ。
だがリモータから流れてきた悲鳴とどよめきに相手は相当ビビったらしかった。
《わ、分かった、すぐに行く!》
「じゃあ、ついでに十億クレジット入りのリモータもひとつ持ってこい!」
《な、何だ、カネが目当てなのか? なら幾らでも――》
「そうか、なら糸目をつけずに上限ナシにして貰おうか」
《上限なし……いいだろう。わたしはこの命に代えても社員を護るぞ!》
鬱陶しい雄叫びにシドはさっさと通信を切る。それから少し時間をオーバーして七、八分が経ち、後方からモノレールが一両やってきた。ガツンと衝撃があって連結され、窓を透かし見たシドたちの目に、確かにダーレン=ブルック社長とサイラス=ベンサム会長の姿が映る。
「うーん、でもご一行様……」
「あー、条件つけるの忘れてたぜ」
社長と会長はガードに囲まれていた。シドは連結部のスライドドアが開くなり叫ぶ。
「ガードが一歩でも入れば車両を吹っ飛ばす!」
言って対衝撃ジャケットのポケットから手投げ弾を出し、翳してみせた。そこで勇気ある社長と会長はメディアにも映る花道とばかりに目顔でものを言い、ガードたちを置いて四両目に入ってきた。
シドとハイファにエルトンがガードを威嚇し、社長と会長を促して三両目までつれていく。同時にロイとジェイが四両目から人質を三両目に移し、そこから後部をあっさり切り離した。
これで残るは二両目と三両目だけになった訳だ。車両の乗車率は高い方が都合いい。
「さて、特命革命軍の諸君。要求を言いたまえ」
「呑めるものなら何でも呑もう。わたしたち二人の命で社員の命が買えるなら、それもよし」
大仰に両手を広げて余裕をアピールするのは、やはりメディアと目前の社員たちを意識しているのだろう。そこでハイファが連絡用リモータを操作、数々の名前を読み上げ始めた。
長い長いリストはシドがシュレーダーの通信部門広報営業部営業渉外第二課で業務部の管理コンをハックしたときに出てきた、リモータとボディジェムの社販名簿だった。
聞いていた社長と会長の顔色が変わる。
「――クライヴ=ハーネス。まだまだあるけど、もういいよね」
「全二百五十一名、テメェらが無限ニセクレジット入りリモータを斡旋・販売した者の名簿だ」
「なっ、何のことだ!」
「そうだ、いったい貴様らは何を……?」
「まだ足りねぇのか? ならダリア素子の話もするとしようか」
「ボディジェムのセス素子の代わりにダリア素子という極小プロキシサーバをつけ、人々に知らせず埋め込ませて、ニセクレジットを媒介し分散させ、社会に蔓延させた――」
「そうして社会不安を煽り、星系政府から通貨発行権をもぎ取ろうと画策した……違うの?」
次々と突き付けられる事実に顔色を変えたのは社長と会長だけではなかった。聞いていた人質のシュレーダー社員、日々殺人ラッシュに揉まれながら真っ当に働いてきたサラリーマンたちもだった。ざわめきが車内に満ち、中には社長らに詰め寄る者も現れる。
「今の話は本当なんですか、社長?」
「まさかあいつがニセクレジットを……嘘だろう、嘘だと言ってくれ!」
「星系政府から通貨発行権をもぎ取るなんて、政府転覆を狙ったテロじゃないか!」
「我々にそんなものを植え付けて監視するとはファッショだ!」
「どうなんだ、ハッキリ答えて下さいよ、社長、会長!」
脂汗を拭いながらも気強くサイラス=ベンサム会長が大声で怒鳴った。
「証拠は、証拠は何処にある!」
「証拠なあ。じゃあ上限ナシのクレジット入りリモータとやらを渡して貰おうか」
会長と社長の顔色が蒼白となった。だが近寄った数名の社員が二人の役員のボディチェックをし、リモータを社長のポケットから発見して操作する。既に特命革命軍などいなくとも、ボルテージの上がったサラリーマンたちがシュレーダーに反旗を翻そうとしていた。
ロックも掛かっていなかったリモータは取り敢えずカネ目当てのテロリストを誤魔化すだけの品、一見して分からなくても社員の中には専門家もいる。すぐに正体を露呈した。
「バカじゃないの、こんなときにややこしいブツを掴ませるなんて」
「逆だろ、足のつくブツを掴ませてトレーサーで追跡するっつー考えでさ」
「社員の命をニセクレジットで買おうなんて、大した鬼畜だよね」
社長と会長は既に床に沈められていた。ハイファの言葉に煽られた社員たちにタコ殴りにされ、足蹴にされて泣き叫んでいる。ハイファはおもむろに連絡用リモータに話しかけた。
「音声、ちゃんと取れてるかな?」
《ええ、バッチリよ、『特命革命軍』さん。いい画も撮らせて貰ってるわ》
「車内のカメラも順調なんだね?」
《ええ。でもこんなスクープ、タダで貰ってもいいのかしら?》
「『あまねく銀河の皆様にお届けする』天下のRTVにはいつもお世話になってるから」
《そう? じゃあ、お仲間に宜しくね》
ハイファが通信を切った、そこに前方から激しい衝撃が襲った。続けて後部からも衝撃がくる。振り回されるような機動と気持ちの悪い揺れに社員らが呻きを上げた。
「前から車両が連結したぞ!」
「後ろもだ!」
ジェイとエルトンの報告だけでなく、同調したサラリーマンたちの叫びで、シドとハイファにロイが前方に向かって走った。五人で即、二両目を切り離す。残るは三両目だけだ。だが三両目は四両目に連結されて軋みを上げ、元来たSDB本社第五ビルへと動き出していた。
どんどん速度を上げてモノレール二両は滑るように進んでいく。幸い事態の悪化を憂慮した管理側に次の駅は綺麗に空けられていた。ビルの中をモノレールは轟音を立てて通過する。
もの凄い勢いでモノレールは次の駅に向かって突き進む。乗客は揺れに振り回されて立ってはいられないほどだった。二両のモノレールはSDB本社第五ビルの三十五階にある次のステーションへと滑り込む。ブレーキが軋んで火花を散らせる。
そしてモノレールは気が抜けたように停止した。
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