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1 小坂家の埋蔵金
この日、人口二千人の小さな田舎町は大さわぎになった。
理由は二つある。
一つは、黄金の小判がつまった壺が発見されたためだ。
この町に眠ると、長年うわさされてきた、小坂家の埋蔵金とみられる。
小坂家とは、かつてこの付近一帯の田畑を所有していた大地主の豪農で、江戸時代の終わりごろには、質屋にまで家業を広げ、大きな財を築いたらしい。
しかし、その一方、小坂家に土地を借りて農業をしていた庶民は、苦しいくらしを強いられ、不満をためこんでいた。
ある日とうとう、彼らは暴徒と化し、地主の屋敷に火をつけてしまう。
この事件によって、小坂家はほろびることになるのだが、時の当主は、貯めこんでいた、およそ千枚の小判をどこかに隠したとされているのだ――。
長いこと語りつがれる伝説を本気にして、毎年、全国各地から、変わり者が埋蔵金探しにやってくる。
だが、何か見つかった試しがなかったので、町の人たちは「ただのうわさ話」と笑っていたのだ。そう、昨日までは――。
ところが今日になり、伝説は真実である可能性が高まったのである。
そして、もう一つの大さわぎの理由は、その発見者が有名人だったことだ。
数々の歴史的な発見で、テレビにもひっぱりだこの考古学者、高本満次郎博士。
今回の発見のニュースもまたたく間に知れわたり、平日にも関わらず、発掘現場はおおぜいのマスコミや野次馬であふれかえっている。
その野次馬の一人が、このぼく、影山哲哉だ。
いや、自分を野次馬と呼ぶのは悲しい。なぜなら、ぼくはもっとまじめな気もちで、ここに来たのだから。
ぼくの夢は、考古学者になること。高本博士はあこがれの人なのだ。
今日の昼休み。
小判発見の一報をどこからか聞きつけた校長先生は、ところかまわず、誰かれかまわず、話を広めていった。
そのため、午後には、山亀小学校の全児童がこのニュースを知っていたと思う。
ぼくは五時間目も六時間目も、まるで授業が手につかなかった。
というのも、高本博士がこの町に来ていたことすら知らなかったからだ。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、親友の丹生祥吾とダッシュで帰宅し、自転車でこの場所に乗りつけたのだが、人が多すぎて、あこがれの博士を見ることができない。
「あーあ、まいったな」
「ね。まだ六月だっていうのに、この暑さじゃ、本当にまいっちゃうよねぇ」
まるでかみ合っていない会話。
となりを見ると、祥吾がひたいの汗を手でぬぐいながら、笑っていた。
ぼくの、二倍とはいわないが、一・五倍くらいの横はばがあるせいか、祥吾はひどく汗っかきだ。
一応、彼の名誉のために補足しておくと、その体は、横だけでなく、たてにも大きい。
身長はぼくより十センチは高いだろう。
一年前にこの町に転校してきて、最初に仲良くなったのが祥吾だった。
というより、今も仲が良いといえる友だちは、祥吾しかいない。
都会からやってきて、色白で、ヒョロヒョロとやせていて、メガネをかけているぼくは、完全なガリ勉キャラで、クラスの輪から外れている。
しかも、実際は、歴史以外の勉強にはほとんど興味がなく、成績もぱっとしないため、本物のガリ勉たちも相手にしてくれないのだ。
そんな中、祥吾だけは、生粋のこの町育ちだというのに、分けへだてなく、接してくれた。
優しくて、おっとりしていて、のんびり屋で、いっしょにいるのが心地良い。
ときには、会話が上手くかみあわないこともあるけれど、それもふくめて、最高の親友だ。
「うん。たしかに暑いね」
汗で背中がTシャツにはりついているのがわかる。
まだ梅雨があけてもいないというのに……。今から夏が思いやられるな。
「あ! にブーとガリ勉だぜ!」
ぼくと祥吾はふりかえる。
見るまでもなく、声の主が誰かはわかっていたけど、案の定、クラスの石村竜太だった。
数人のクラスメイトもいっしょ。
日ごろイベントのない小さな町だから、きっと全児童がここに来ているんだろうな。
「お前ら、そんなデブとやせっぽちじゃ、ここまでチャリンコで来るの、大変だったろ」
石村の言葉に、どっと笑い声が上がる。
ぼくは内心ムッとするけど、彼らにとっては軽いあいさつみたいなものだったらしく、すぐに「それじゃあな」と行ってしまった。
祥吾はぼっちゃり体形のため、石村たち一部の男子から「にブー」という、心ないあだ名をつけられている。
親友がそんな風に呼ばれていると、ぼくは腹が立って仕方ないのだけれど、当の本人は「石村くんたちも来たんだねー」などとのんびりしたものだ。
祥吾は人と争うことを好まない。
それはぼくも同じだが、ちがうのは、彼は怒ったら、多分、最強だろう、ということだ。
二人で遊ぶようになって、しばらく経ったころ、祥吾が
「実はぼく、相撲が大好きなんだぁ。こんな体型してるから、はずかしくて、人には言えないんだけどね……」
と、打ち明けてくれたことがある。
ぼくはてっきり、テレビの相撲中継が好きなんだろうと思って、
「小学生にしては、渋い趣味だね」
と、答えたんだけど、そうではなかった。
それからすぐ、ぐうぜんにも、祥吾が相撲を取っているところを目撃したんだ。
相手は、大人の中でも、体が大きな、祥吾のお父さん。
力の差は明らかだったものの、それでも何度もおしい場面があったし、最後には、祥吾が払い腰でお父さんを投げてしまった。
こんな小学六年生は他にいないよ。少なくとも、この町には。
ただの歴史オタクで、特技もとりえもなくて、親友がバカにされていても何もできない、ぼくとは大ちがい。
「てっちゃん、もう少し奥に行ってみない?」
祥吾に声をかけられ、ぼくはハッと我に返った。
そうだ。こうしちゃいられない。
あこがれの高本博士に会えるチャンスかもしれないのだ。
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