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第1話(プロローグ)
冷凍処理されてなお二種の液体は、じわじわと境界を侵して混ざりつつあった。
彼らの目前に据えられた巨大な4Dホロディスプレイに映る二本の透明なカプセル型タンクの中央に繋ぎ目があり、同じく透明なその繋ぎ目で起こっている現象である。
そのホロディスプレイをレーザーポインタで示しながら白衣の男が解説していた。
「地球連邦軍が誇る爆発物処理班ですら解体できないこれは、コンの予測では半径一キロの大クレーターを作るということです」
抑揚のない白衣の声に対し、説明を受けていた老年の男たちが身を乗り出し、噛み付くような口調で唾を飛ばしながら喚く。
「なんじゃと! ならばそのまま無人地帯か宇宙空間にでも搬送を――」
「それは今のところ不可能です。与える振動がどのような結果をもたらすか……この他星系の新型爆薬には不可知部分が多すぎるので」
「では、このままテラ連邦の誇るテラ連邦議会議事堂が、テラ本星セントラルエリアごと吹き飛ぶのを指を咥えて見ていろとでもいうのかねっ!?」
ホロ画面の中では役にも立たぬ耐爆スーツを既に脱いだテラ連邦軍兵士たちが、ライトパネルに煌々と照らし出された地下室の柱の一本にくくりつけられた二本の液体入り筒状物体と、それに付随した機器を何とかできないものかと冷や汗を拭いつつ作業中だ。
気休めの冷凍処置が融けないよう時折噴射する液体窒素が白煙を上げる。
そのホロを横目に老人の一人がまた白衣に向かって叫んだ。白衣の男が悪い訳ではないが他に文句を言う対象がいないので、この際、仕方ないと言えよう。
「こんなものをテラ連邦議会ビルに持ち込ませおって、タイタンの通関は、惑星警察は、中央情報局は、いったい何をしておったんじゃ!」
「面目次第もございません。しかしこの爆発物は、とある星系の内紛で多用されているタイプに酷似しているというのは既に判明しております」
「ならばさっさと――」
「液体が混ざり始めた今は、もう分解・解除は不可能です」
「……なっ、ならやはり爆発を待つしかないと?」
「いえ、たったひとつだけ打てる手はあります。その星系で作られた液体爆薬の中和液、つまり解除薬は、やはり当該星系で産出される特殊な植物から採取される液体ということが判明しておりますので」
目視では感知できないほど、ゆっくりとした速度で二剤は混ざろうとしている。完全に混ざり、分子が均一になったら「ドカン!」だ。
「コンが弾いた爆発予定まであと三日、中和液とやらが間に合わんとは言わせんぞ」
「誠意努力中です。閣下はメディアにこのことが洩れぬようご配慮を」
「分かっておる。テラ本星セントラルエリア数千万人が避難などと、パニックどころかジェノサイドが始まるわい」
「では、私もこれで。室長は指揮についておりますので、私ごときで大変失礼を致しました」
「うむ、これは未曾有の危機じゃ。別室の働き、期待しておるぞよ」
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