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それから、妹の様子はどことなくおかしかった。
可愛らしいペンギンの行進や餌やり、オットセイやトド、イルカなどを見てもさっきまでのように大きな声で騒ぎことがなくなった。何かをずっと、考え込んでいるような様子だったのである。
結局、旅行の最中はずっとそんなかんじだった。家に帰ってから、流石に僕も不思議に思って訳を問いただしたのである。
「なあ、どうしたんだよカナ。お前、水族館の途中から様子変だったっけど、何かあった?」
「……やっぱり」
自室でスマホをいじっていた妹は、青ざめた顔で僕に画面を見せてきたのである。
「なんか変だなって思ってたんだけど。サイトにさ、書いてあんのね。三階の巨大水槽、今清掃中で使ってないんだって」
「は?……それって、僕達が熱帯魚見たところ?」
「うん。……ちょっと前にね、お魚が全滅しちゃったんだって。なんか、悪い人が勝手にバックヤードに入って……水槽の中に変なもの入れていったとかで。それで、今犯人を捜すために、警察が捜査してるとかで……」
「はあ!?」
そんなバカな、と僕は声を上げた。だってあの水槽、僕には綺麗な熱帯魚がたくさん泳いでいるようにしか見えなかったのだ。そして、お父さんとお母さんの反応からして、二人にも同じものが見えていたはずである。
だが。よくよく思い返してみると、あの水槽の前で立ち止まっていたのは僕達一家だけだった。もしや他の家族には、あの水槽はからっぽにしか見えていなかったのだろうか?
「普通に、綺麗な熱帯魚が泳いでるように見えなかったんだけど!?どういうことだよ!?」
「それ、こっちが訊きたいから!」
そして妹は、泣きそうな声で叫んだのだった。
「あたしには……あたしには水槽が真っ赤に見えたの!熱帯魚がたくさん泳いでるんだけど、水が真っ赤で……ま、真ん中で、男の人?がたくさんのお魚につつかれてんの!ふ、服は着てるけどびりびりで、て、手足とか、肉が食いちぎられて骨が見えてて……す、すごい苦しそうな顔で死んでて……!」
ひょっとして。
彼女に見えていたのは、水槽に悪戯した犯人の末路、だったのだろうか。
小さな魚であっても魂はあり、心はあるはずだ。彼らは、自分達を殺した犯人をけして許さなかったのかもしれない。
それ以降、彼女はA水族館には行きたがらなくなった。
確かなことは一つ。
熱帯魚を殺したという容疑者の男は結局――行方不明のまま、今も見つかっていないということである。
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