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僕が水族館の名前を伏せた時点で、なんとなく想像できる人はいると思う。この水族館で起きるのだ――ちょっと怖い話、というのが。
とはいえ水族館に到着した直後の僕に、そんなこと想像ができるはずもない。むしろ普通にわくわくしていたし楽しみにしていた。特にお父さんが“水族館アピールポイント”にしていたアシカショーは来て早々に見たのだが、ものすごいハイクオリティで大満足だったと言っておく。
「うおおおおおおおおおおおお!アシカちゃん可愛かった!超可愛かったよおおおおおおおおおおおお!!うおおおおおおおおおお!!」
一番喜んでいたのが、最初水族館に難色を示していた妹である。中学生に見られることもあるくらい長身の彼女だったが、ポニーテールを揺らしてぴょんぴょんしている姿は完全に子供で可愛らしい。
特に、アシカが大量の輪投げキャッチを次々成功させていく場面に大興奮したようだ。一番大きく拍手していたし歓声も上げていた。実のところ彼女は運動するのが好きだというだけで、水族館も動物園もけして嫌いではないのだ。むしろ小さな頃からイキモノはかなり好きな方だと言っていい。
ペンギンの餌やりイベントが始まるまで、もう少し時間がある。その間は、ゆっくり展示を見ながらぶらぶらしようということになった。この水族館では、ヒトデや小さな魚に触れるようなコーナーもある。自分達より小さな子達と一緒に、僕と妹もヒトデをつんつんしたり、跳ねた魚で服を濡らしながら大笑いしたのだった。
あれはそう、確か三階の展示室だったと思う。ある大きな水槽の前を通りがかったところで、妹が急に足を止めたのだった。
「ん?どうしたよカナ」
名前を呼んでも返事がない。さっきまで大騒ぎしていた妹は、完全に水槽をじっと見つめて固まっている。
なんだろう、と思って僕と父さんもその水槽を見た。
巨大水槽の中には、綺麗な熱帯魚たちが優雅に泳いでいる。オレンジ色のちょっとシマシマしたやつを見て、“ニモっぽい!”なんて感想を抱いた。確か、クマノミという魚だっただろうか。
他にも青くて三角形みたいなヒレの魚や、小さなサメ?みたいな魚もいた。多分、あのサメみたいな魚は綺麗な熱帯魚たちを食べるような種類ではないのだろう。でなければ一緒の水槽につっこむことなどできないはずだ。
マグロなどの魚のように、群れになってぐるぐる周回するわけでもない。熱帯魚たちは綺麗だが、なんというか泳ぎ方がマイペースだなという印象を受ける。色鮮やかで宝石みたいなので、女の子はこういう魚が特にすきなのかもしれなかった。
「カナって熱帯魚、そんなに好きだっけ?」
僕が尋ねると、妹は“熱帯魚?”と繰り返した。薄暗い水族館の、蒼い光に照らされて彼女の表情がいまいちよくわからない。
「あれ、ニモに出て来た魚じゃない?違ったっけ?」
「あ、確かにそうかもな。可愛いな」
一方、お父さんとお母さんは楽しそうに水槽を覗き込んでいる。水槽の前にいるのが僕達だけだったので、人に邪魔されることなく悠々と観察することができた。
そんな僕達を見て、妹は何を思ったのだろう。急に僕と、それからお父さんの服の裾を引っ張って言いだしたのだった。
「ね、ねえ。ちょっと早いけど、ペンギンのとこいこうよ。あ、あたし、ペンギン、見たい……」
後で思い返すと、その声はちょっと震えていたかもしれない。
この時の僕は“確かに場所取りも必要だしなあ”くらいの認識でしかなかったわけだが。
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