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君と、最期の散歩道を。
僕が大犬神社を訪れたのは、観光目的ではない。
観光がしたければ、他にもっとあたるべきところがすぐ近隣にある。
北上すれば巨大な朱色の鳥居が迎える平安神宮。南下すれば大通りを堂々と見据える八坂神社。大学の近くにも、重要文化財を擁する吉田神社が座している。有名どころを除いても、ここ古の都は、神社仏閣に事欠かない。
そんな中、旅行客のアイドルというよりは、地域民のマスコットといったほうがしっくりくる、こぢんまりとした大犬神社に来たのは、他でもない。
僕はあまり詳細な云われに精通しているわけではないが、人づてに聞いてこれだけは知っている。ここ大犬神社は、その名の通り犬に縁のある神社。犬の優れた嗅覚にあやかってか――失せもの探しにご利益がある。
境内には、そう多く人がいるわけではなかった。お参りを終えた老夫婦が参道を下っていき、赤ちゃんを抱いた女性がお守りを買っている。幼い男の子が狛犬に手を伸ばすのをなだめる母親と、あとは若い女の子が一人、日陰のベンチで涼んでいるくらいか。
これが八坂さんやお稲荷さんなどなら、さぞ賑わっていることだろう。なにせ夏休みのこの時期だ。観光はいいけれど、今日も今日とていい天気の夏日だし、熱中症にはぜひ気を付けてもらいたい。
さて、マイナー神社の参拝客の一角をなす僕は、手を清めた後、さっそく拝殿へ向かった。予習してきた流れでお賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手。
――大犬神社のご利益の噂には、続きがある。お祈り事は、口に出して願うのだ。
大きな声は出さない。ただ呟く程度だ。それでも、普段神社など素通りするような僕が、参拝方法を予習してまで神頼みをするほどには真摯な願いは、ありったけの気持ちを込めて声にした。
「――……」
しばらくの余韻の沈黙ののち、僕は一礼して、拝殿を後にした。
お願い事をした手前、そのままさっさと帰ってしまうのは悪い気がして、せっかくだから少し境内を見て回ろうかと思った時だ。
「こんにちは」
突然、斜め後ろから話しかけられ、わずかに肩が跳ねた。振り向くと、さっき日陰で涼んでいた少女が立っていた。明るい茶色の髪と瞳。年は一つ、二つ下くらいか。少し凝った、白い夏ワンピースを着ている。
「こ……こんにちは」
戸惑いながらも挨拶を返すと、少女はにこっと愛想よく笑った。
「久々に見ましたよ、本気でお願い事をしている人」
「え?」
「ここ、声に出してお願いすると叶うって言いますからね。さっき、口が動いてたので」
どうやら、見られていたようだ。ベンチから拝殿まではそこそこ距離があったはずだが、彼女は目がいいらしい。
「失せ物探しですか?」
「ああ、まあ」
「よかったら、手伝いましょうか」
「えっ……なぜ君が?」
「だってあなた、お賽銭までちゃんと投げていたじゃないですか。お賽銭を入れたはいいが見つからなかったじゃ、お金の無駄ですよ」
「境内で言うか。罰が当たっても知らないぞ」
まるで、はなから神が願いを聞き届けてくれないような、あるいは神の存在を無視するような言い方に、僕はついそう苦言を呈した。
いやいや、と少女は人差し指を振って反論する。
「小銭一枚でも無駄にはできないでしょう? 生活の苦しい大学生の一人暮らしならなおさら」
「確かに百円玉一枚も粗末にはできないが、別にそこまで苦しい生活じゃ……」
何だかバカにされた気がして、僕は少々ムッとしながら言い返した。
正確には、言い返しかけて、はたと止まった。
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