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僕にはこの世界で時を刻むほどの力が、もうほとんど残っていなかった。
「癌ですね」
地元の総合病院でそう診断されたのは、満開だった桜の花弁が舞い始めた高二の春。
「長くてもあと一年でしょう」
僕はこの病院にある小さな診察室でそう言われた。少し薄暗い診察室だった。
診察した血液専門の先生が神妙でかつ厳しい顔つきで僕と母にそのことを伝えるのだ。
母とともに僕も茫然自失である。
母の必死の懇願虚しく、僕の病気を治す出だては今のところまだないという。
僕は目の前が真っ暗になる。なんでだよ…! 僕がこの世にどんな悪いことをしたっていうんだ…!?
僕はこの室で何度も言葉にならない絶望感にさいなまれた。
ひたすら自問自答する。否、そんな綺麗事ではなかった。この時たくさんの考えが頭の中で錯綜する。
そしてこれ以上に辛かったのは、診察を終えて廊下の椅子で項垂れ悲しみにくれる母の姿だった。
その姿を見て、これは改めて現実のことかと実感した。
……僕はあと一年で死ぬ。診察室を出た近くの椅子に座って、そう何度も頭に浮かぶ時、ひとつの思いがよぎった。
──恋愛をしたい。
僕はその時あっと小さな声を出す。
(そうだ、僕はまだやることがある…!)
僕には好きな女の子がいる。ロングの綺麗な黒髪の、かつキリッとした目の美少女で、名を三鬼真弓美という。
明るくしっかり者な彼女はクラスのリーダー的存在で、よくクラス委員長を務めている。
その思いに気づいた僕はさっきまで錯綜していた雑念が消えた。
そして翌日の学校。
いつもと変わらぬと騒々しい教室と、クラスメイトに囲まれた人気者の彼女。
楽しそうに笑う彼女を眺めながら、僕は意を固くする。
臆病になる時なんて僕にはない。震える自分の手を握りしめながら、僕は彼女に声をかける。
「み……三鬼さん!」
これが彼女と関わりを持った最初の出来事だった。
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