訪問介護

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訪問介護

 エリは介護資格を取って10年のベテラン。看護師資格も持っていることから子育てが終わった5年ほど前から訪問介護の仕事についている。  各家庭、色々な事情はあるのだろうが、エリが困るのは・・・・  今日訪問する伊達家。何度も包括支援センターなどへも注意を促しているのだが、一向に直してくれる様子が見られない。  伊達家は、裕福な家庭で、自宅でもお手伝いさんがいて、要介護対象の『大奥様』と呼ばれる婦人の介護専門の付き添いも雇っている。  この付き添いが問題なのだ。  病院から出されている薬が朝昼晩と分けて出ているのに、面倒なのか、朝食後に一日分すべての薬を飲ませてしまう。  何度注意しても、訪問に行った時間にはその日の分の薬がすべて消えているのだ。  この付き添いはマナさんという。無口で不愛想。注意してもふてくされるでもなく、いつもの無表情な顔をエリの方に向け、返事もしない。  特に強いお薬は出ていないのだが、やはり食後に飲むから意味のある薬は出ている。だから3食に分けて飲んでほしいのだが。。。  ある時怖れていたことが起きてしまった。  大量の薬を飲んだ拍子に大奥様が喉を詰まらせたのだ。いつもは薬が飲みやすい様にお薬用のゼリーに入れてスプーンで飲ませている。  その日もお薬はゼリーに入れていたのだが、どうやら丁度ゼリーが終ってしまい、少ないゼリーで一日分のお薬を無理やり大奥様の喉に流し込んだらしい。  その日はたまたまエリが早く着いた日で、家の人がバタバタしているなか、大急ぎで大奥様の背中を強くたたいて薬を吐き出させた。  さすがに命の危険があってはエリもきつめに注意をせざるを得ない。 「マナさん。あなた大奥様を殺してしまう所だったのよ。わかっているの?」 「えぇ。エリさん。よくわかっています。このお屋敷の方達はみんな大奥様が早く死ねばいいと思っているから。私、人の心が読めるんですよ。だからみんなの思い通りにしました。」  と、いつもの無表情だが、珍しく口答えをしてきた。 「人の心が読めるなんて、そんな夢みたいな話ではなくて、お薬をきちんと処方箋通りに飲ませてください!」 「でも、エリさん。大奥様も早く死にたいって思っているから私はそれならと思ってお手伝いをしているだけなんです。」  また無表情で怖いことを言う。  その後もまだ何か言おうとして、エリの方を見て口を開こうとした。  エリはなんだかぞっとした。  ふと視線を感じて大奥様が寝ている部屋の入り口を見ると、入り口の隙間から、この家の奥様が唇の端をゆがめて何とも言いようのない笑顔で、エリを見ていた。  エリは、マナの言葉をさえぎり、とにかく薬はきちんと処方箋通りに飲ませるように言い残して、伊達家を後にした。  エリは包括支援センターにこのことを報告し、併せて、伊達家の訪問介護を辞めさせてもらった。  これ以上関わったら、自分の心の中まで読まれるのが怖かったのだ。いや、もう遅かったのかもしれないが。 ******  この家の大奥様は一時期若かったころ看護師をしていた頃の、エリの勤めていた病院に入院していたことがある。  その時に、担当看護師のエリが、してもいないことを大奥様は看護師長にいいつけた。 「看護師さんが体を拭く時にいつもつねるの。」  そういわれて、看護師長が体を見ると明らかにつねられた痕がついていた。大奥様が自分で届く場所だ。  エリは容姿が整って、大奥様とは違ってスタイルも良かった。例え年齢が違っても、そんなエリが自分の担当看護師だったことが、大奥様は面白くなかったらしい。  我儘に育った大奥様は、自分の容姿が整っていないことも太っていることも分かってはいた。そして、長い人生の間、自分よりも美しい相手には執拗に意地悪をしてきた。伊達家はそれを許される立場にあったのだ。  大奥様の言ったことは曖昧な事件だと、看護師長も思ったのだが、この病院にも大きな寄附をしている伊達家の大切な患者様だった。  その一件で小さな私立の病院だったため、エリは看護師を辞めざるを得なくなった。  しばらく子育てに従事して、久しぶりの仕事として訪問介護をすることになって、たまたま伊達家の大奥様の担当をすることにいなったのは運命だと思った。  そのうち何かの事故を装って、大奥様をひどい目に合わせてやろう。大奥様はすでに痴呆が始まっていると言うし、チャンスだと思った。  そう思って訪問介護に行くと、すでにマナと言う娘が大奥様をひどい目に合わせている。これだったら、自分が手を下さなくてもそのうち事故が起きるだろう。とおもっていたが、運悪く、エリが行った時に大奥様が薬で窒息しかかっていた。さすがに自分がいるところでの事故はまずい。  しかたなく応急処置をした。大奥様は助かってしまった。  事故の原因のマナを怒らないのもおかしいので、マナを叱った時、マナが人の心を読める。と言ったのだ。  エリはこれ以上伊達家に行っていたら、マナによって、エリの所業もばれてしまうと思い、大奥様の事はあきらめたのだった。  マナは結果的に大奥様の死を遅らせるのを手伝ってしまったことになったが、今回、少ないゼリーでお薬を飲ませると大奥様は喉が詰まることを知ってしまったマナは近いうちに同じことをするだろうと、エリには予測もたつのだった。  エリは伊達家については遠くから見守ることにして、自分の手を汚さないことにしたのだった。 【了】  
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