第9話 バブル&スイート

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 そうして車を走らせること二十分、駅前の地下ショッピングセンターにやって来た俺達。久々の買い物にテンションが上がってしまった俺は、頼寿から離れて服屋にダッシュした。 「Tシャツカッコいい! あ、この帽子も……スニーカーめちゃくちゃ可愛い!」 「おい、勝手に一人になるな」 「なあなあ、これ欲しい。Tシャツとスニーカー買って、頼寿」 「寝言は寝て言え。私物は領収書が切れねえ」  さっさと店を出て行こうとする頼寿のシャツを引っ張り、更に粘る。 「お願い。欲しい物あれば言えって言ったじゃん。俺の預金から引いてくれればいいから」 「………」 「俺、ずっとお金なかったし、毎日同じ服着てて……。会長と出会ってからも一人じゃ外出できなかったから、……買い物なんて本当に久しぶりなんだよ」  頼寿が俺を振り返り、真剣な目で俺を見つめる。  怒られるのかと思って反射的に唇を噛んだが、──意外にも頼寿の言葉は優しかった。 「時間はある。急がなくても他の店も回って見てから決めればいい」 「あ、う……買ってもいいの?」 「ロッソの店で気絶するまで頑張ったからな。褒美としてそれくらい俺が買ってやる」 「あ……ありがとう!」  頼寿お得意の飴と鞭かと思ったけれど、それでも構わない。頼寿のさり気ない気遣いが本当に嬉しかったんだ。 「その前に、仕事の買い物を済ませるぞ」 「うん!」  ボディケア・バスグッズ専門ショップ「フェアリーブルーム」。流石に店内は女性客と男女カップルしかいなくて、商品の前に立っているだけで気まずくて堪らない。  ──こういう店こそ通販でいいんだけどな。 「どれがいい、タマ」 「えっと、俺は薔薇の匂いが好きで……あと塩が入ってるやつだと汗かいて気持ち良くて、……バブルバスも好きだし、キラキラが入ってるのも綺麗」  人目が気になって小声の早口になってしまったが、早く済ませたい気持ちは頼寿の方が強いのだろう。ちゃんと俺の言葉を聞き取って、素早く商品に視線を滑らせている。 「薔薇の花、塩、泡風呂、キラキラか……」  呪文のように繰り返しながら、頼寿が目の前にあった丸い入浴剤を手に取った。白いボールのような形のそれには乾燥させた薔薇の花が詰まっていて、湯船に入れると花びらが出てくる作りになっている。 「良さそうだな、それ」 「後は塩と泡、キラキラだな……」 「そんな全部こだわらなくていいって。良さそうなの二つ三つ見繕って早く出よう」  俺達が商品に迷っているように見えたのか、それとも不審者に見えたのか……とにかく店頭で言い合う俺達に気付いた女性店員が、にこやかな笑顔と共に声をかけてきた。 「プレゼントでお探しですか?」 「え? えっと違くて……あ、でもプレゼントでもいいかも……」  女性と話すこと自体何年ぶりか分からない。だけどしどろもどろになる俺に引くこともなく、店員さんは頷いて「これなんか女性に人気なんですよ」と商品を勧めてくれている。よく見たら彼女のキラキラな目は頼寿に向けられていた。……複雑。
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