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「あの、先生その」
私が言葉に詰まっていると、先生はスッと右手で私を制し、元彼の前へと歩み出ていた。
「な、何だよお前」
元彼の方もやっと先生の存在に気づいたようで、その形相に狼狽えているようだ。
「先ほどの会話を聞いていたのですが、一つ貴方に伝えておくべきことがありまして」
冷静かつ冷淡な態度を示す先生。一体どうしたのだろう。予測不能な事態になってしまったが、私にはどうすることもできない。
「明里さんは最近まで不眠症に悩まされていたんです。何か原因となる出来事があったかご存知ではありませんか?」
「そ、それは」
元彼は分かりやすく動揺している。なにせ先ほどの会話がその元凶となる事件なのだから。
先生も勘付いていたのか、納得したように溜息をついていた。
「明里さんは貴方と別れてから深く傷ついていたのですよ。それなのに、貴方はへらへらと彼女の前に姿を現した。それがどれだけ浅はかな行動だったのかお分かりですか?」
「わ、分かってるよ。だから今度こそは大切にするって決めたんだよ」
「それなら私が言えることは何もありません。どうか、末長くお幸せに」
先生のその言葉を聞いて、何故か胸の奥がズキっと痛んだ。
その理由を突き止められないまま、話が一段落した二人はいつの間にかこちらへと向き直っている。
「じゃあ明里、一緒に帰ろうぜ」
元彼は満足したように、私を誘ってきた。
けれど鉛のように体は重く、体が小刻みに震える。
「大丈夫ですか? 体調が優れないようですが」
異変に気づいた先生は、すぐさま私を気遣ってくれる。
(ああ、分かった。私は先生が好きなんだ)
いつでも私を心配して気遣ってくれる先生に、いつの間にか惹かれていった。
なのに私は、自分のことなのによく考えもせず、元彼の言葉に従っていた。
あの人とやり直したら、もう二度と、先生と会うことはできなくなるかもしれないのに。
先生が勇敢にも元彼に対峙したように、私も正直な気持ちを伝えないと。
「私は、やっぱりあなたとやり直せない。あなたがした仕打ちを、私は永遠に忘れない。だから、もう二度と、私の前に顔を出さないで!」
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