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あの折詰がぽんと置かれて、
包み紙が取られれば中身は稲荷寿司だとわかる。
傍らに出ているぴかぴかの小皿にはひとまず素知らぬふりをして、私は昨日同様屈みこんだ。
隣でも手が合わさって、
挨拶程度の参拝にしばらく川音だけが満ちる。
「…ぼくが君くらいの時は将来を考えてもなかったな。目先のことに精一杯で」
まぶたを開けながら、
汐美さんが続きのようにぽつりと言った。
こちらを向かない横顔を見れば、
春の涼しさと夏の熱をはらんだ風がさあと吹く。
「まぁ……だからこそ会えたんだろうけど」
茶の瞳に笑みと翳りが同時に浮かぶ。
誰に、とは訊くまでもなかった。
「汐美さんは……」
どんな風に、横宮さんと知り合ったんですか。
今訊けば答えてくれる気がして、
けれど問いは途中で止まった。
きぃ、とかすかな音。
観音開きの格子戸が、
いつの間にかわずかに開いて揺れていた。
「……は?」
同じく気づいた人が、間抜けた声を出した瞬間。
ばたんっ、と弾かれたように扉が開いた。
何かに突きとばされて、
私は後ろへ尻もちをつく。
視界に見たことのないものが映った。
ふわふわで太くて──真っ白い尻尾。
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