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どきどきのおくすり
ボクのお母さんは『あやかし』だ。
でも、そのことは誰にも知られてはいけないヒミツだ。
お母さんは、人間の世界で生きていくために、人間のフリをしなくてはいけない。
だから、いつもキレイな女の人に化けている。
ボクは、お母さんの本当の姿を見たことがないけれど、お母さんは、たぶんキツネさんだ。
だって、ボクがおこったり、かなしくなったり、いつもとちがう気持ちでいっぱいになると、キツネのようなお耳としっぽが出てきちゃうから。
だから、お母さんは、たぶん、キツネのあやかし。
ボクのお父さんは、ふつうの人間。おくすりをつくる仕事をしている。
人間のおくすりも作っているけれど、あやかしの病気も治すことが出来る、フシギなおくすりも作っている。
お父さんは、ボクがおこったり、かなしい気持ちでいっぱいになっても、キツネのお耳やしっぽが出ないようにって、トクベツなおくすりを作ってくれている。
ボクは、このおくすりを、毎日、一日三回、飲んでいる。
ボクは、人間でもない、あやかしでもない。どちらでもない。
あやかしの力がなかったら、キツネのお耳やしっぽが出ないのに。
あやかしの力がもっと強かったら、ずっと人間の姿に化けていられるのに。
たまに、そんなことを考えて、泣きそうになってしまう。
でも、ボクがそんなことを考えて泣いてしまったら、お母さんが悲しくなってしまうのを、ボクは知っている。
だから、ボクはがんばって泣かないようにしている。
夏休みのある日、ボクの家のおとなりに、三人の家族がやってきた。
お父さんとお母さんと、女の子だ。
ボクとその女の子は年が同じなので、いっしょに遊ぶことにした。
女の子は、東京から引っ越して来たと言った。
だから、畑や山が、めずらしいみたいだった。
女の子は、お花や、鳥や、虫の名前を、あまり知らないみたいだった。
ボクは、本を見せながら、女の子にいろいろ教えてあげた。
ボクたちは、あっという間に、ともだちになった。
夏休み最後の日。
ボクと女の子は、ふたりで家から少しだけ遠いところにある神社さんへ行った。
もこもこしているオバケみたいな、ごつごつした岩みたいな、大きくて、真っ白い雲が、真っ青な空に浮かんでいた。
とっても、とっても、暑い日だった。
女の子は、神社さんでのお祈りの仕方を、ちゃんと知っていた。
「東京には、神社さんも、お寺さんもいっぱいあるんだよ。ビルの中にもあるんだよ」
と、女の子は言った。
ビルの中の神社さんって、どんな感じなんだろう。見てみたいな。
その神社さんで、少し遊んでいた。
急に涼しくなったから、ヘンだなぁと思って、お空を見ると、灰色の雲がいっぱい広がっていた。
あ、夕立がくる!
そう思ったボクは、女の子に
「はやく帰ろう!」
と言った。
ゴロゴロゴロゴロ……
カミナリの音が聞こえてきた。
ボクたちは、走った。
暑くて、暑くて、こんな日には走れないと思っていたけれど、がんばって走った。
「きゃあ!」
ふり返ると、女の子が転んでいた。
「だいじょうぶ?」
ボクが、女の子に手を伸ばしたその時。
ピカッ!
ドーン!
大きなカミナリだ!
ボクは、びっくりしてしまった。
「あっ……!」
おしりと、あたまの上が、いつもと違う感じがした。
ボクは右手であたまを、左手でおしりを隠した。
どうしよう。
女の子は目をまんまるにして、ボクのことを見ている。
どうしよう。
ボクは、動けなくなった。
どうしよう。
ちゃんとおくすり飲んだのに!
なんで?
飛び上がるくらい、びっくりしちゃったから?
だから、キツネのお耳としっぽ、出てきちゃったの?
どうしよう。
ボクがふつうの人間じゃないことが、バレちゃった!
どうしよう。
お母さんが、あやかしだってことも、バレちゃう。
どうしよう。
バレちゃったら、たぶん、この町には、いられない。
どこか遠い町に引っ越さないといけないかも。
どうしよう。
あしたから、女の子はボクの通う小学校に通うことになっている。
せっかく、学校でも仲良くできると思っていたのに。
女の子が、ボクのお友達とも仲良くなれたらいいなって、思っていたのに。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ボクがあたまをかかえて、どうしよう、どうしよう、と呪文のように言っていると、雨が降り出してしまった。
女の子は、ボクの手を引っ張って走りだした。
ボクは、泣きべそをかきながら、走った。
雨は、どんどん強くなっていった。
ゴロゴロゴロゴロ……
ピカッ!
ドーン!
ドドーン!
カミナリの音が、どんどん大きくなってきた。
キケンだ!
ボクたちは、近くのお寺さんで雨やどりすることにした。
このお寺さんの本堂は、とっても広いので、たくさんの人たちが雨やどりをしていた。
ボクたちは、すみっこで、あたまをかかえてしゃがんだ。
ボクのキツネのお耳としっぽは、走っているときに消えたみたいだった。
おとなの人に見られなくて、よかった。
雨が止んだ。
仏さまに「守ってくれて、ありがとうございます」と言ってから、お寺を出た。
家に向かって歩いていると、女の子がボクの名前を呼んだ。
「ねぇ、さっきのお耳としっぽなんだけど……」
ボクは女の子の顔を見ることが出来なかった。
きっと、きっと、ボクのこと、きもちわるいって思ったんだ。
だって、自分でも、ヘンだと思うもん……
ボクは、逃げ出したくなった。
でも、それは出来なかった。
女の子がボクの手をつかんでいたからだ。
「だれにも……だれにも、いわないで……」
ボクは泣きそうになった。
がまんしなくちゃ……
ボクが泣いたら、お母さんが悲しくなっちゃう。
「ごめんね、ごめんね、ボク、きもちわるいよね。ふつうの人間のこどもには、こんなもの、ないから……」
ボクの目から、涙が、どんどんどんどん、あふれてきた。まるでさっきの夕立みたい。
「きもちわるくないよ。かわいかったよ」
女の子の言ったことに、ボクはおどろいた。
思わずキツネのお耳としっぽが出てしまった。
「わあ! やだ! 見ないで!」
ボクは、あたまとおしりを隠そうとした。
「どうして? なんで隠しちゃうの? かわいいよ」
「かわいくない、かわいくないよ。だって、ボクのこれは、あやかしのものだよ。ボクは、半分人間で、半分あやかしなんだよ! ボク、ふつうじゃないもん!」
叫ぶように言うと、女の子は首をかしげた。
「あたしは、そのお耳としっぽ、すきだよ」
ボクのしっぽが、勝手に揺れた。
ボクは、なんだか、とっても恥ずかしくなって、しっぽが動かないように押さえた。
女の子は、にこにこと笑った。
「ねぇ、さわってもいい?」
「だめ!」
思わず叫んでしまった。
女の子は、ショックを受けたみたいで、うつむいてしまった。
ボクは「ごめん」と言った。
女の子も「へんなこと言ってごめんね」と言った。
仲直りだ。
お空を見たら、大きな虹が出ていた。
虹を見ていたら、ボクのキツネのお耳としっぽは消えていた。
ボクたちは、また家に向かって歩き始めた。
なんだか、ヘンだ。
さっきから、胸がすごく、どきどきどきどきしている。
女の子と目が合うと、いっぱい、いっぱい、どきどき、どきどき、するんだ。
どきどきするけど、温泉に入ったときみたいに、なんだか、とってもあったかい気持ちにもなるんだ。
ボク、どうしちゃったんだろう?
帰ったら、お母さんとお父さんに聞いてみよう。
病気じゃなかったらいいな。
どきどきを止めるおくすりも、飲まなきゃならなかったら、どうしよう。
おくすりがふえるのは、イヤだなあ。
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