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どれだけそうしていたのか分からない。近くで足音が聞こえたので私は顔をあげた。若い男がビニール袋を手に公園を歩いていた。目が合ったので私はすぐに下を向いた。
その男は近づいてくると、あろうことか声をかけてきた。私は苛ついた。心配する素振りを見せているが、魂胆は見えている。夜中に暇そうな女を見つけたので都合よく楽しもうというのだろう。こんな年上の女に、しかも住宅街の公園で声をかけてくるなんて、どれだけ欲求不満だというのか。
適当にやり過ごそうとしたが、救急車などと言い出したので私は慌てた。それから若い男は私の隣に座ると、さらに何かをしゃべり続けた。作り笑顔で反応はしたが、男の言っていることなど耳に入らない。さっさとどこかに行ってくれ。私は反対側に顔を向け、興味が無いことをアピールした。しかし男は帰ろうとしない。
——金はある
ふとその言葉が聞こえた。
私は振り向いて男の顔を見た。社会人には見えない。大学生? なんだっていい、この男は今、金はあると言い切った。
私は男に、この辺りに住んでいるのかと聞いた。男はそうだと答えると、一目で分かる高級マンションを指さした。そこに一人で暮らしていると。
そして無意味な言葉で私を誘ってきた。
私にはもう時間がない。少しでもいいから、今すぐあの子にお金を残したい。あの部屋にはどれくらいのお金があるだろう? いや、今どき現金なんて置いていないかも知れない。だったら銀行の暗証番号を教えてもらえばいい。そのための道具は持っている。
私が頷くと男は足に触れてきた。私は自分の手をそこに重ねた。男は私の肩を抱き、そのまま胸に手を入れてきた。私の汗を男の手が掬った。
欲しいのね。私も欲しいものがあるの。
男が私の首筋に顔を寄せた。
私は男から見えないようにバッグに手を伸ばし、最後にもう一度確かめた。
この町と私を繋ぐものは何もない。
そしてこの若い男さえしゃべらなければ、今夜私がここにいたことさえも埋もれて消えていく。だってこれは、どこにでもある、ありふれためぐり逢いだから。
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