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2.みちびく蟷螂
妊娠に気づいたのは五年前のことだ。彼にどう切り出せばいいかとしらばく悩んでいたが、話してみれば彼は大喜びで、すぐに結婚しようと言ってくれた。私は会社を辞め、結婚と出産の準備を始めた。会社を辞めることに不安はあったが、なんとなく感じる周囲の視線に耐えられなかったのだ。だから彼とも相談し、仕事は色々落ち着いてからまた探すことにした。籍はすぐに入れたが結婚式は後回しにした。ドレス姿の写真だけでもと思ったが、贅沢は言ってられない。特に貯蓄があったわけでもないので、新生活のためには少しでも出費を抑える必要があった。
やがて私は無事に娘を出産し、家族三人の暮らしが始まった。
幸せだった。彼と娘のためなら何でもできるし、どんなことだって耐えられる。私はささやかだが満たされた毎日を送っていた。
だがそれは長くは続かなかった。彼が亡くなったのだ。
私は子供のことを考えて両親の近くに引っ越した。両親も狭い団地暮らしで決して裕福とは言えず、とても同居までは言い出せなかった。
すぐに仕事を探し始めたが、前職を活かせるような求人はほとんどなく、小さな子供を抱えたシングルマザーに合った条件も少なかった。何より、あの時の私には生きる気力がなかった。せっかく手にした幸せは一瞬のうちに霧散し、職場に戻ることも出来ず、どこにも希望を見いだすことができなかった。その後どうにか職に就くことはできた。しかしそれだけで豊かな生活が手に入るわけはなく、経済的にも精神的にもギリギリの日々が続いた。
慣れない営業職に疲労困憊しながら、それでも元気に育っていく娘を見ると次第に心が和んでいった。両親も一緒になって子供の面倒をみてくれた。やがてそれは再び大きな生きがいとなり、私は以前のような気持ちを取り戻していった。
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