2.みちびく蟷螂

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 最初はほんの小さな額だった。  外出時の交通費を水増し請求したり、備品の文房具を倉庫から持ち出しネットで売ったり。そうして貯めたお金で、たまに両親と四人で外食を楽しんだりした。もちろんこれだって立派な犯罪だ。それは分かっているし罪悪感もあった。しかし娘と両親の喜ぶ顔を見るたび、こんなものはたいした金額ではないと自分に言い訳をしてきた。  だがあることがきっかけで、このつまらない犯罪が一人の男性社員にばれてしまった。男は私に言った。少額とはいえ一度や二度ではない。常習的な犯罪だから懲戒解雇は避けられないし刑事訴訟もあるだろう、と。  私が最初に考えたのはもちろん娘のことだ。解雇されたあげく刑事罰を受けるとなると、娘の人生にどれほどの影響を与えてしまうだろう。私は途方に暮れ、そして男に黙っていてくれるように頼んだ。男は相談に乗ると言って私に関係を求めてきた。嫌悪感はあったが娘を守るためには仕方なかった。  そんな関係を続けていたある日、男がこんな話を持ちかけてきた。  まず架空の会社名義で口座を作る。そしてある下請け会社に水増し発注を行い、下請け会社は受注金額の一部をその口座に移す。要するに還流だ。口座に入った金は下請けの協力者と三人で山分けにする。  私は反対した。これは私がやってきたこととはレベルが違う。それにお金の流れは必ず痕跡が残る。ばれないはずがない。  だが男は大丈夫だと言い切った。額の大きい事案は目に付きやすいので手を出さない。あくまで少額の事案を狙う。個人で見れば大金だが、会社全体で見ればわずかなものだ。だれも疑いの目は向けない。この下請け会社の担当者は長い付き合いだから信用できるし、すでに話しはつけてある。そしてある程度の金を手に入れたら、架空口座は消して全て元に戻す。こういうことは未練がましく続けるからばれるのだ。  以前ニュースで見たような話しだし、とても男の言うことを信用する気にはなれなかった。だが、結局私は共犯になることを承諾した。弱みを握られていることもあったが、まとまったお金を手にできれば娘の学費ができると思ったのだ。  娘に苦労をさせたくない。  あの子の幸せのためだったら、私はなんでもする。
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