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色々なものを失ったビクターは、花街に来ていた。なぜか酷い目に遭わされたグリアの恋人に付き添われている。
「こちら、ビクター様、鬼薔薇嬢を紹介したくてお連れしたのです! 素敵な乙女に慰めてもらえば、元気がでると思いまして! ほら、ビクター様、もう、人のものを奪おうとしちゃダメですからね!」
無神経なほどに明るいグリアの恋人は、ガハハと笑って娼館にビクターを押し込んだ。
恋人を奪おうとして失敗して、グリアにも見限られ、家族からも厄介者扱いをされるようになったビクターは、ぐいぐいと娼館に引っ張ってこられても、抵抗できないほどに弱っていた。
「話はうかがっております。少し時間がかかりますので、先にお部屋でお待ちくださいませ」
ビクターは言われるままに部屋で待った。高級娼婦というわけでもないようだが、焚き染められた香はずいぶん高価なものだと分かる。記憶にない異国の香りがした。
出された酒に手を付ける前にドアが開き、大きな桃色の影が差す。
部屋にやってきたのは異様な色彩の大男だった。
「あたしをご指名でお間違えありませんか、高貴なお方」
もしかしたら単に大柄な女性かもしれないと見上げれば、落ち着いた野太い声がじんと響く。やはり男性だ。
「鬼薔薇嬢とは、あなたのことですか?」
社交に慣れたビクターは、驚いた様子を微塵も見せずに立ち上がり、鬼薔薇を迎え入れた。
鬼薔薇の地毛の金の睫毛が、瞬きするたびにふさふさと動き、群青の目が見え隠れする。激しい色のドレスにも負けない髪は、花瓶に生けられている薔薇と同じ色だ。ハイヒールを履いているので、長身のビクターでも見上げるほど背が高い。
艶かしく羽のついた扇を音もなく開くその所作は、驚くほど美しい。鬼薔薇という名が良く似合うな、と感心する。
ビクターは、女を抱くつもりでやってきたが、鬼薔薇を抱くのも一興だと思った。
心にぽっかりと空いた穴を塞げるのなら、何でもよかったのだ。
「よろしく頼むよ、美しい人」
鬼薔薇は綺麗に塗られた唇の端を引き上げて微笑む。焚き染められていた香と同じ匂いが扇からも薫った。
ビクターは男も抱くが、鬼薔薇のような大男を抱いたことはない。腕も腰もビクターの二倍は太いし、鍛えなければ盛り上がらないような所までみっしりと筋肉に覆われている。普通ではない体格だ。全てが大作りではあるが、美しい造形が勝ち、不思議な迫力がある。
「高貴なお方、わざわざ私を訪ねてくださるなんて光栄です」
「聞いているんだろ? 実は幼馴染を寝取られてね」
「ふふふ、騎士様らしい豪胆さですこと」
ふてくされて愚痴ると、鬼薔薇はグリアの恋人と知り合いらしく、意味ありげに笑う。
「それで、僕は宙ぶらりんだ」
「あら、あたしと一緒じゃありませんか。傷をなめ合うのもいいものですよ。それじゃ、今日は私にお任せくださいな。一夜の楽しい夢を――」
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