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抱かれてみて、ビクターは、誰かを寝台に呼ぶのが億劫になってしまった。
代わりに頻繁に鬼薔薇の所へ通っている。傷口に触らないようにしながら、すべてを塗りつぶしてくれる鬼薔薇との逢瀬は心地よい。
どんなに快感を与えても、人はビクターに応えてはくれない。打算で寝台にあがった者たちは、ビクターの愛撫ではなく、ロズルの家名で絶頂していたのだと気が付いてしまった。
普段、ビクターはロズル領と王都とを往復して生活している。ロズル領に行けば父につけられた監視役が厳しくビクターを管理する。王都での生活もそうだ。屋敷に戻れば、使用人たちの目は冷たい。ビクターの居場所はどこにも無い。
(鬼薔薇のところへ帰りたい……)
ビクターにとって心の帰る場所は、いつの間にか鬼薔薇の褥だけになっていた。
*
王都の屋敷に戻るたびにビクターは鬼薔薇に会いに行った。今やビクターは鬼薔薇の娼館の常連だ。
今日はいつもより花街につくのが遅くなった。受付は、ビクターに明るく対応するが、何やら緊張した面持ちだ。
「ロズル様、ただいま鬼薔薇は席をはずしておりまして。お待ちいただいても、すぐにご案内できるかどうか――」
「ああ、大丈夫だよ。別に、鬼薔薇でなくともかまわないんだ。今日は誰か別の美姫を紹介してもらおうかな」
嘯けば、受付の女はほっとしたような顔で別の部屋へビクターを案内した。途中、鬼薔薇の部屋の前を通ると、くぐもった声がドアの外まで聞こえてきた。鬼薔薇の喘ぎ声だと分かったが、ビクターは聞こえないふりをして、そのまま真っ直ぐ足を進める。
(――鬼薔薇が抱かれているのか?)
ビクターは案内されたドアを開けずに、人がいなくなった途端に踵を返した。
鬼薔薇の部屋のドアからはまだ雄々しい喘ぎ声が聞こえる。鬼薔薇が誰かに抱かれている――そう思うと鼻の先がすうっと冷たくなるように感じた。その冷たさは肩に降り、臓腑に満ち、脚を震わせる。
ひときわ感じ入ったような嬌声が響いて、静かになった後も、ビクターはそこから動けずにいた。
しばらくして、部屋の中を人が歩き回る音が聞こえる。どうやら客は時間になって部屋から去っていくようだ。
ビクターは自分がおかしな格好でドアに縋るようにして張り付いていたことに気がついて、廊下に飾られた大きな花かごの陰に身を潜めた。
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