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ねえ、いっしょにどこか遠いところに行こうか。
_『いいね、ねこも連れていく?』
そんな唐突な思いつきに乗ってしまうくらいに私たちの疲労が越えていた。
ロミオとジュリエット効果だとかなんとかそんなあさはかな心理に踊らされていっしょになったことを何度も悔いて、それでも離れたくなくて。
幸か不幸かねこが私たちをつなぎとめている。
けど、もう、つかれた。
『車出すから、ちょっと夜風に当たりながらドライブしよっか』
そういってあどけなく笑う彼の目は、笑っていなくて光のない穴ぼこのような真っ暗で吸い込まれる眼をしていた。
その眼には、きっと、もう何もうつってはいないのだろう。
かつての瞳を輝かせて笑う無邪気な貴方の横顔は、もうみられないのだろう。
仄暗い先を見通しながら、真っ黒なねこを、ぎゅっと抱きしめる。
ねこは不安そうにこちらを見上げるから、大丈夫だよってぎこちない笑みを浮かべてしまった。
*
午前二時。
真っ暗で誰もいない道をただひたすら赤い車に乗せられて走ってゆく。
この先にあるのは、破滅か、幸せか。
どっちでもいい、もうどうだっていい。
貴女の虚ろな横顔を横目で見ながら、ねこの乗っている膨らんだお腹を、そっと撫でる。
車のライトがまぶしくてうるさい。
このまま、どこに行くのかあてすらわからない深夜のドライブ。
私たちは、どこに向かうのだろう。
わからない。
『着いたよ』
貴方は、そういい車から降りた。
ねことお腹の貴方との赤ちゃんといっしょに助手席を降りた。
『ねえ、空を見て見て』
貴方にそういわれるまま、空を見上げたら。
流星群が空を駆けていた。
『これを、ずっと見せたかった』
そういった貴方は、一瞬だけ昔のあどけなく笑っていた貴方に戻っていた。
流星群が駆け巡る空をふたりと一匹で無言で見上げていた。
貴方は、買ってきたココアをマグカップにいれてブランケットでふたりと一匹でくるまりながら無言のときを過ごした。
久しぶりの穏やかで優しい時間。
この時間も、流星群のように一瞬で瞬きは消えていくのだから一瞬一瞬を噛み締める。
願わくば、時間を止めてほしい。
そんな願いも虚しく、貴方の眼はまた虚ろな目に戻ってしまった。
それから先のことは、おぼえていない。
ただひとつだけ打ち明けるのなら、貴方と幸せな家庭を築きたかった。
寝る前にあたたかいココアを飲みながら他愛のない話をしたりソファでねこを撫でながらテレビをみて笑い合ったりときに価値観をぶつけ合いながらも子どもをふたりで育てて、それから。
それから、何だったけ。
ただ、貴方にもう一度昔みたいに笑っていてほしかった。
貴方のあの瞳をキラキラ輝かせながらあどけなく笑う姿をみるたびに何だってできる気がしていたの。
ねえ、もう一度また貴方の笑顔がみたいです、なんて願いは聞き届けられますか。
こんな心中を、神様は笑って受け止めてくれますか。
ねことこれから生まれる君には、ごめんね。
ごめんね、ごめんね。
馬鹿な私たちを、だれか裁いてくださいませ。
さようなら、ごめんなさい。
星屑は海に落とされました。
この心中も、どうか、星屑とともに溶けてしまうように。
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