二章:お母さんとねむち

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「ねえミノル。みんなにあだ名をつけてみたらどうかしら」  抱きしめられた腕がほどかれ、お互いに見つめあう形になった。お母さんの顔がすぐ近くにある。えべっさんのマスクは、どんな時も笑っている。 「あだ名?」 「そう。みんなの顔を覚えるかわりに、あだ名をつけてみるの。見た目でもなんでもいいわ。その子にしかない特徴があるでしょ」  ぼくは前の席の浜くんのことを思いだす。顔はわからないけれど、彼の後頭部には小さくて丸い十円ハゲがあって、授業中ずっと気になっていた。そのことを告げると、お母さんは「仕方ないわねえ」と、ふふっと小さく笑った。 「十円ハゲはあんまりね。でもいいわ。浜くんはもう“顔みたいな何か”じゃなくて、“十円ハゲくん”ってことを、あなたは知ってるんだから。明日からはその子の良いところを探してごらんなさい。なんでもいいわ。足がとても速い? すばらしいじゃない。給食を残さず食べることだって、すてきなことよ」 「ほんとになんでもいいの?」 「そう、なんでも。大切なのはわかろうと努力することよ」  とりあえずやってみよう。そう思った。お母さんを泣かせたくないし、ぼく自身が何だかわからない人になってしまうのは、やっぱりいやだ。 「でもねミノル。まちがってもその子に、十円ハゲなんて言っちゃだめよ」  お母さんが優しい口調で忠告してくる。せっかくのあだ名が発表できなくて、ちょっとだけガッカリだ。
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