三章:お父さんとのバトルはニチアサに

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 家族の時間が楽しいほど、月曜日は憂うつだった。 憂うつって言葉は、図書館で借りた『あしながおじさん』で知った。まだ孤児院に居たジュディが、評議員さんがやって来る日を「憂うつな水曜日」としたように、「憂うつな月曜日」ってタイトルで、ぼくはいくらでも作文が書けると思う。原因は、自分でもわかっている。学校で騒動になっている、とある問題のせいだ。 「ウチのクラスは全員、学校に着ていく服に、名札をつけたらどうでしょうか」  三年生になってすぐの学級会で、委員長の瀬尾さんがクラスのみんなに提案をした。  ぼくたちの学校では、三年生、五年生に上がる時にクラス替えをする。もちろんぼくも例外ではなくて、一、二年生の時に仲良くなった友だちともバラバラになってしまった。クラスを見わたすと、知らない人がたくさんいた。またイチからあだ名をつけなきゃな。そう思って座席表とにらめっこしていた矢先での、彼女の提案だった。  クラスが少しざわつく。面と向かって瀬尾さんに何か言う人はいない。でも不満げなようすがハッキリわかる。きっとみんな心の中では、 「あーめんどくせえ」とか、 「名札とか今さら? 一年生じゃないんだからさ」なんてことを思ってるんだろう。  でもそれを責める気にはならない。いや、なれない。ぼくだってみんなの立場なら、きっとそう思うはずだから。むしろぼくがいやなのは、やる気マンマンな委員長の方だ。 「名札さえつけてたら、ミノルくんは私たちが“誰か”ってわかるのよ。そうしたら、すぐ仲良くなれるじゃない」  うん、やっぱりいやだ。瀬尾さんの気持ちはありがたい。とてもありがたい。でも無理やりはなんか違うと思うんだ。それにぼくは、みんなにあだ名をつけるのを、密かに楽しみにしているのだから。 「と、に、か、く」  瀬尾さんが黒板をバンと叩くと、ざわついていた教室が静まった。 「とにかく、今から多数決をとります。ミノルくん以外は、賛成か反対かどちらかに、必ず手をあげてくださいね」  多数決の結果は言うまでもないと思う。だって瀬尾さんの言ってることは、何一つ間違っていないのだから。でも、それが正しいとも思えなかった。 (間違っていないことは、正しいこと)  ぼくは心の中で何度もつぶやいてみた。でもそれが正解かどうかは、ぼくにはわからなかった。  次の日から、三年二組のみんなの胸元に名札がつけられた。
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