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病院から帰る車の中で、お母さんは小さく泣いていた。家に着くまでの二時間、ずっと。運転しているお父さんの隣で、鼻をずびずび鳴らしている。お母さんのそんな姿を見るのは初めてで、ぼくは見ないように後ろの席でずっと下を向いていた。横に座っているお姉ちゃんは、窓に顔をむけて外を見ている。じっと何かを考えているみたいだった。
「ミノル。あんたに貸したマンガさ。どこまで読んだ」
びゅんびゅんと流れる景色が、こうそく道路の高いカベばかりになったころ、お姉ちゃんがポツリとたずねてきた。
「まだ半分ぐらいかな」
お姉ちゃんが貸してくれたのは、主人公とその仲間たちがお宝をさがして旅する内容のマンガだ。何十冊もあるから、ずっと借りっぱなしになっている。
「おもしろい?」
「うん、おもしろい」
「そっか……ちなみに一番好きなキャラは?」
ぼくは砂ばくの国の王女さまの名前をあげた。するとお姉ちゃんは、「なんかあんたっぽい」とだけ言い、また黙りこんでしまった。何だかバカにされた気がしたけれど、「やっぱり返して」と言われたら嫌なので、ぼくも黙っていることにした。
途中に寄ったサービスエリアで、お父さんはやけにはしゃいでいた。
「ミノル、ここのソフトクリームはすごく美味しいぞ」
「お母さんはコーヒーでいいか。冷たいの? やっぱり温かいほうがいいな」
「じゃあ、お姉ちゃんは荷物もちな」
お母さんも誘われたけど、だまって首を横にふるだけだった。なんだかほっとけなかったぼくは、いっしょに車の中に残ることにした。といってもなにを話せばいいかわからなかったから、お父さんからあずかった車のキーをクルクル回してあそんでいた。
「ごめんね。先生のお話をきいたら、お母さんちょっとだけビックリしたの」
お父さんたちがいなくなってしばらくたったころ、前の席から声がふってきた。
「ううん、べつに平気」
お母さんの泣き声を思い出すと、そう言うしかなかった。そりゃあたしかに、“顔みたいな何か”は、ちょっぴりこわい。あんまり好きじゃない。だけど、身長とか体型とか、話し方なんかで、家族みんなのことは案外ちゃんと分かる。お父さんとお母さんとお姉ちゃんさえ間違えなければ、ぼくは何とか生きていけると思った。
「それよりお母さん。トイレ行っとかなくて平気?」
「ええ大丈夫よ。ありがとね。ミノル」
そう言うとお母さんは、また鼻をすすり始めた。ぼくのせいで、お母さんが泣いている。病気のことなんかより、そっちの方がよっぽど悲しかった。お母さんの顔がわからなくてよかったと、初めて思った。
窓の外を見ると、ソフトクリームや焼きそば、牛串なんかを、いっぱいに抱えた二人のすがたが遠くにあった。
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