一章:お姉ちゃんはミル・マスカラス

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 日曜日の道路はとても混んでいて、家についたのは夜八時をすぎていた。 「夕ごはん、どうしよっか」 「あんまお腹すいてない」 「だからあんた食べすぎなのよ」  ほれ見たことかと、お姉ちゃんがぼくの上着をめくり、中身がつまったお腹をぺちぺち叩く。 「なんだっけ。ソフトクリーム(ぺち)、ばくだん焼き(ぺち)、メロンパン(ぺち)、ええと後は……」 「フランクも」 「フランクも、じゃないわよ。バカ」  お姉ちゃんはちょっとだけ口が悪い。おまけに手も早い。よく男の子とケンカしては、泥だらけで帰ってきている。 「お母さんも疲れているだろうから、今日は残りものでいいよ」  お父さんは、昼間に買った料理をテーブルに並べた。車の中であれだけ食べたはずなのに、まだたくさん残っている。 「そんなに買ったんですか」  お母さんはあきれていた。涙もひっこんだみたいだ。 「サービスエリアなんてめったに行かないんだからさ。いつ買うのって話だよ」 「だからって限度があるでしょうに」 「じゃあぼく、レンジで温めてくるね」 「あんたまだ食べるの。お腹すいてないって言ったじゃん」  さっきまでの重くるしさがとけて、いつものみんなに戻った気がした。  それからぼくたちは、たっぷりと時間をかけて、テーブルに並んだ料理を食べた。黙々と口に運んだ。今日の出来事とか、これからの不安とか。よくわからない何かを丸ごとぜんぶ、料理といっしょに飲みこんだ。それは食事というよりも、神聖な儀式のようだった。 「じゃあここで、みなさんに大発表があります」  食後のココアを飲んで一息ついているとき、お姉ちゃんが勢いよく手をあげ立ちあがった。そして「ちょっとまってて」と、隣の部屋で何やらゴソゴソしはじめた。 「もういいよ。だれか開けて」  お父さんが部屋のフスマを引くと、そこには小さな覆面レスラーが立っていた。見ると、お父さんのコレクションであるプロレスの覆面マスクを被っている。でも、大人用だからブカブカで、全然似あっていない。頭だけがやけに大きくて、オバケの子供みたいだ。 「何してんの、お姉ちゃん」 「何してるって。見ればわかるでしょ」  ぜんぜんわからないよ、お姉ちゃん。お父さんとお母さんの方を見ると、口を開けてぽかんとしている。そりゃそうだ。そんなぼくたちにかまわず、お姉ちゃんはじぶんの顔を指さして言った。 「だからさ、これ何に見える?」 「プロレスのマスクでしょ」 「当たり。じゃあ私がかぶってるマスクの名前は?」  もちろん知っている。真っ白なマスクに、黒い翼。額のところには、Mの文字。プロレス好きな人なら、きっとだれもが知っている。日本で一番有名な覆面レスラー、ミル・マスカラスだ。
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