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メキシコ生まれのスーパーヒーローだったミル・マスカラス。ぼくが生まれるずっとずっと昔、お父さんがまだ小学生だったころに、日本中の人たちを熱狂させていたらしい。一番の特ちょうは、なんといっても“覆面マスク”。顔がすっぽり入る白いマスクに、目と鼻と口の穴がぽかりと空いていて。その穴を囲むように、真っ黒な翼が描かれている。そしておでこにはアルファベットのMの文字。
ぱっと見た感じは、ドラマとかでよく見る銀行強盗のマスクみたい。でもマスカラスが被ると、ぜんぜんそんなことはなくて。白いマスクは、筋肉ムキムキの大きな身体にとても似合っていた。得意の『空中殺法』をくり出す姿は、とても力強くて、美しくて、気高くて。子供たちみんなの憧れの的だった。それが、ミル・マスカラス。
そう教えてくれたのは、プロレスマニアのお父さんだ。家中に選手のサインやポスターなんかのグッズが溢れ、録画した昔の試合の映像を「これ面白いから」と子供たちに毎日のように見せてくる。それほどの熱狂的ファン。
あまりにも好きすぎて、若いころにはプロレスラーを目指したこともあったらしい。でも、スクワットが五十回しかできなくて入団テストに落ちたんだと、お母さんがこっそり教えてくれた。
そんなお父さんのおかげかせいか、ぼくもお姉ちゃんも、ほとんどの覆面レスラーは頭に入っていた。
「そっ、あんた好きでしょ。マスカラス」
マスクを被ったお姉ちゃんは、偉そうにふんぞり返っている。
「そりゃ好きだけど。急にどうしたのさ」
あんまりお腹がいっぱいで、おかしくなっちゃったんだろうか。
「ほんとニブいわね。あんたが覚えられないのは、現実にいる人の顔だけなんでしょ」
「そうなのかな」と、ぼくは首をかしげた。意識したことがないから、よくわからない。
「そうよ。だってあんた。マンガが面白いって言ってたじゃない。好きなキャラ教えてくれたじゃない。それにさ、覆面レスラーの顔は分かるんでしょ」
ぼくがこくりとうなずくと、お姉ちゃんはマスクの穴から見える鼻を、とくいそうにふくらませた。
「それでピンときたのよね。わたしたちの顔を覚えられなくても、マスクを被れば誰かわかるんじゃないかって。だからさ、これからあんたがどんなに迷子になったとしても、わたしがマスカラスなら見つけられるでしょ」
お姉ちゃんはぼくの肩を思いきり叩いた。叩かれたところが、ジンジンと熱くなる。
「今日からわたしはミル・マスカラスよ。そこんとこ、よろしく」
そう言うとお姉ちゃんは、「これは二人の分」と、隣の部屋から二枚のマスクを持ってくる。そして、お父さんには虎の顔をした『タイガーマスク』を。お母さんには七福神のエビスさまの顔をした『えべっさん』のマスクを渡した。
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