18人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日ぼくが描いた絵は、二本足で歩く、毛むくじゃらなお猿さんだった。ずっと前にテレビで見た“雪男”に似ている。単純というか、想像力がないというか。違っていたのは、毛の色が真っ白じゃなくて、黒く塗ったことぐらいだ。でもお母さんは「すてきな絵ね」とほめてくれた。
「この子の名前は、“ねむち”よ」
「ねむち?」
「そう、ねむち。かわいらしくて、なんだか眠くなるでしょ」
多分、“眠る”から来てるんだと思う。お母さんも、ぼくに負けず劣らず単純だ。
そしてその日から、ぼくとお母さんは、眠る前に名前を呼びつづけた。暗闇にかくれている誰かさんに向かって、
「おやすみ、ねむち」と。
不思議なことに、名まえをつける作戦は大成功だった。だって“ねむち”なんてまの抜けた名前のオバケ、ぜんぜん怖くないんだもの。だからぼくは安心して、朝までぐっすりと、“ねむち”することができた。あれほど悩んでいたおねしょは、いつのまにかピタリとやんでいた。
それからぼくとお母さんは、世の中にある何だかわからないものたちに、名まえをつけるようになった。
最初は絵も描いていたけれど、二人とも笑っちゃうくらいに下手だったから、いつしか名まえだけになった。“顔みたいな何か”という名まえも、二人でつけた。怪しいけれど、ちょっぴりユーモアもあって、とても気に入っている。ぼんやりと不確かなものに言葉を与えることは、少しだけぼくを生きやすくしてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!