二章:お母さんとねむち

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 次の日ぼくが描いた絵は、二本足で歩く、毛むくじゃらなお猿さんだった。ずっと前にテレビで見た“雪男”に似ている。単純というか、想像力がないというか。違っていたのは、毛の色が真っ白じゃなくて、黒く塗ったことぐらいだ。でもお母さんは「すてきな絵ね」とほめてくれた。 「この子の名前は、“ねむち”よ」 「ねむち?」 「そう、ねむち。かわいらしくて、なんだか眠くなるでしょ」  多分、“眠る”から来てるんだと思う。お母さんも、ぼくに負けず劣らず単純だ。 そしてその日から、ぼくとお母さんは、眠る前に名前を呼びつづけた。暗闇にかくれている誰かさんに向かって、 「おやすみ、ねむち」と。 不思議なことに、名まえをつける作戦は大成功だった。だって“ねむち”なんてまの抜けた名前のオバケ、ぜんぜん怖くないんだもの。だからぼくは安心して、朝までぐっすりと、“ねむち”することができた。あれほど悩んでいたおねしょは、いつのまにかピタリとやんでいた。  それからぼくとお母さんは、世の中にある何だかわからないものたちに、名まえをつけるようになった。  最初は絵も描いていたけれど、二人とも笑っちゃうくらいに下手だったから、いつしか名まえだけになった。“顔みたいな何か”という名まえも、二人でつけた。怪しいけれど、ちょっぴりユーモアもあって、とても気に入っている。ぼんやりと不確かなものに言葉を与えることは、少しだけぼくを生きやすくしてくれた。
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