ジャリナゲ

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 噴き出した汗でシャツが背中にはりついた頃、競技場の門をくぐった。  いた。想像した通り、沢コーチはトラックのはしに立ち、フィールドの風を味わっていた。 「川崎、めちゃくちゃ速いな」  息を切らせた岡が話しかけたのは、私が足をとめて一分ほどしてからだ。 「言っただろ。(キラリ)を見返すって。私は今年、ジュニアオリンピックの県予選を突破する。全国大会に出るから」  話が見えないのか、岡は目を丸くするだけだった。  私のことなんてどうでもいい。今は岡だ。 「沢コーチ」  私たちには気づいていたようだ。私の張り上げた声に軽く手を振る。小走りでかけよった。わけがわからないだろう岡も、かけ足なのが可笑しい。 「こいつに槍投げ、教えてやってください」  ひょいと眉をあげ、コーチは岡の右肩をもんだ。 「いい筋肉してんな」  小さくうなずき、いつも手にしているオレンジ色の棒をポンポンと手のひらに打ち当てる。 「見とけよ」  言うなり走った。肘を鋭角に曲げ、棒を顔の横まで持ち上げている。  なに? と思う間もなしに見えない速さで右腕が振られた。助走をつけたボールの遠投に似ていた。  え、と驚きの一文字が口からこぼれる飛距離だ。落ちた棒はフィールドの芝生で一回はずむ。 「拾いにいくか。名前は?」 「岡です」 「次は岡君が投げる番だから」  え、あ、はい。なんてキレの悪い岡の返事に私は言葉をかぶせた。 「あのオレンジの棒、槍だったんですか」 「槍の代わりだな。ターボジャブって名前だ」 「ターボジャブ」 「そう。あれを投げる競技があるんだ。ジャベリックスローって言ってな、小・中学生むけの槍投げだ。俺はジャリナゲって呼んでる」  私と岡が顔を見合わせていると、沢コーチは笑った。 「子供ってジャリって言うだろ。言葉が悪いならジュニアの槍投げを縮めたと思ってよ」 「なにその下手なダジャレ」  笑ったままコーチが棒を拾う。 「さ、自由に投げてみて」  岡は五回投げた。投げるたびにコーチがアドバイスを送る。もっと視線をあげて、だとか、腕を振りぬいて、だとか。一投ごとに距離が伸びるのがわかった。 「そろそろやめるか。岡君、練習したらモノになるぞ」
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