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今から戻れば部活の終わりに間に合うと言い、岡は沢コーチに深くお辞儀をした。
私は学校に用はないし、はりつくシャツが気持ち悪い。早く家に帰ればいいものを、岡と離れがたくて隣にならび歩いた。
「なんで俺にジャリナゲさせたんだ」
きかないでよ、そんなこと。
ボロカスに怒鳴られても、岡はずっとピッチャーとしてがんばった。懸命に打ちこんでいたものをやめると言った岡をほっとけなかった。岡には負けたままで終わってほしくないんだよ。だって好きだから。
とは言えないよなあ。
「ストライクなんて気にしないで、力いっぱい投げられるでしょ。沢コーチもほめてたし。あ、いいこと思いついた。いっしょに、ジュニアオリンピックの全国にいこうよ」
「いっしょに? ずいぶん急な展開だな」
笑って細くなった岡の目には、少し光が戻っていた。
なあ。ぼそりと岡がつぶやいた。
「猫の話、覚えてる?」
なんでこんな時に。ま、マイペースでしゃべるのが岡のいいところだし。
「ミーでしょ」
「この前、初めてなでた。やっとそばにきてくれた」
「かわいかった?」
「うん。おなかまで出してな。いきなり距離が近くなって、びっくりしたよ」
そんなミーが好きなんでしょ、岡は。
「あの、川崎って……」
私の名前を言ったきり、岡は唇を結んだ。耳まで赤くして、遠い空をにらみつけている。張り詰めた空気が、私の勘を刺激する。
え、これってもしかして。いや、まさかね。
胸の内で激しく頭を振る私の耳に、声が届いた。
「ミーみたいだよな」
素直に好きって言って。
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