ジャリナゲ

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 数研は週に一度、数学の先生が難関校の過去問や中学の範囲を超えた問題を出し、皆で脳みそをしぼる。先生の解説に、そうやって解くのか、と感動することも多い。今日の活動は一時間半で終わった。  帰り際、岡の練習を見ようと花壇の前でとまる。  いた。両腕を空へと伸ばし、足をあげる。少しタメを作ってから、力強くシューズを踏みおろして腕を振る。豪快なフォームだ。  毎日毎日、力の限り投げ、精いっぱいを尽くす姿に私は胸打たれる。岡の目の光は、弱まることを知らなかった。  速いだけでなく、重みのある球がキャッチャーのミットを鳴らす。素人の私ですらわかる肩の強さだ。  ただ、何回投げても球は散らばってしまう。 「てめえはいつまでノーコンなんだ。こっちこい」  松尾が岡を呼びつける。手にしたバットで岡の腹を突いた。へそのあたりを押さえて背中を丸めた岡の頭を殴りつける。 「うまくならない罰だ。運動場三十周」  うへえ。こんなの、今の時代にアリなの?  一瞬、岡と目があった。すぐにそらされた。  今日は陸上の日でもある。トラックを走っている最中に、岡の気まずそうな顔が浮かんだ。  足が重い。気持ちと体って、つながってるんだな。  さすがなのは沢コーチだ。走り終わった私にひと言。 「なんかノッてなかったね」  岡のことを話すのはお門違いだし、はずかしい。  ええ、まあ、なんて頭をかいてごまかす。 「気になることがあったら相談してよ。受験とかはわかんないけど」  そのまま作り笑顔でやりすごしてもよかったが、せっかくの機会だから、かねてよりの疑問を投げてみた。 「コーチは陸上でなにが得意だったんですか」 「古い話だな。もう五十年ほど前だよ」  芝生に腰をおろしたコーチの横に私も座る。草の青い匂いが近くなる。 「中学の時は百の選手だった。県予選の決勝には残るけど壁が厚くてな」  芝生を渡る風がほてった頬に心地いい。 「どうしても全国大会にいきたくてな。考えた結果、幅跳びやったんだ。まあまあだったけど、県の代表は遠かった」 「普通、百でがんばるんじゃないんですか」 「百は無理だなって自分の限界を感じたんだ、中学生なりに。で、高校では槍に転向した。全力で投げる姿がカッコよくてな。県で準優勝したよ」 「すごい。ついに全国ですね」 「いや。槍は県の枠が一人だったからダメだった」  あらま。 「で、また考えたんだよ。百も幅跳びも槍もそこそこまではいく。だったらって」 「あ、十種競技」 「そう。走って跳んで投げてを一人でやる。通称デカスロン。こいつで国体に出たのが大学の時だ。陸上にはいい経験させてもらったから、少しでも返せればってクラブやってるんだよね」  目の前のおじいさんは、若い頃競技に燃え、負けても負けても諦めないで、いろいろ考えてついには全国への道を切り開いたのか。  私、なんてすごい人に教えてもらってるんだろう。
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