第12話 死刑執行

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第12話 死刑執行

 カラホムが背中で両手を縄で縛られて地面に跪かされていた。かつてはきれいに整えられていた口ひげは顎ひげや頬ひげといっしょに伸び散らかしており、まるで浮浪者のような顔になっている。  周囲を城壁で囲まれた王宮内の広場の一画。そこにカラホムの他、タイナムとタムトライロクが捕えられていた。いずれもソンタムの長男であるジェッタの擁立に反対し、王弟のシーシンを支持していた大官たちである。その三人から少し離れたところに横長のテーブルが置かれ、そこにシーウォラウォンと弱冠十五歳で王位に就いたジェッタが並んで座っている。そしてその周囲を武装した多数の兵が取り囲んでいた。  カラホムは赤く充血した小さな目をカッと見開いてシーウォラウォンに叫んだ。 「シーウォラウォンよ、覚えておけ。貴様のような腐れ外道は決して生かしておくことはできぬ。ここで死んでも必ずや貴様を呪い殺してくれるわ」  その隣のタイナムがそれに呼応する。 「おう、殺すならさっさと殺せ!」  シーウォラウォンは二人のその恫喝のような叫びにも顔色ひとつ変えることなく、さっと右手を挙げて言う。 「やれ」  カラホムの近くに立っていた兵がそれにうなずき、彼を後ろから押さえつけて頭を前に垂れさせる。もうひとりの兵が鞘から剣を抜き、その首をスパンと斬り落とした。栓を抜かれた赤ワインのボトルのように頭部を失った胴体から血がドバドバと溢れ出し、生首はそれを浴びながら地面をごろごろと転がっていく。  兵は髪の毛を掴んでその生首を拾いあげ、シーウォラウォンとジェッタの二人に見せつけるようにして高く掲げた。血に濡れたその生首は口を大きく開け、まるでまだ意識が宿っているかのように半開きの瞼をピクピクと痙攣させている。 「う、うう……」  ジェッタはその凄惨な光景から顔を背けた。 「陛下、いかがなされましたか」 「ど、どうして……どうして殺すの」 「何度も言っているでしょう。この国の未来のためです。彼らを生かしておくと謀反を起こす可能性があり、非常に危険なのです」 「だからといって、こんなひどい殺し方をしなくても……」  ジェッタは仮にも一国の王らしく細かな装飾の施された銀色のシルク服を纏ってはいるが、その表情はまるで雷に怯えて震える幼子そのものである。 「陛下、よく覚えておいてください。国を守るため、そして国を強く、大きくするためには人々の血が流れるのは決して避けられないのです」 「ち、父上は……」 「なんですか」 「父上は人々の血が流れるのを好まなかった。戦争もできる限り避けようとしていた」 「それでも必要に応じて戦争を起こしていたではありませんか」  処刑執行人の兵は剣の先から血をポタポタと滴らせて次の指示を待っていた。 「やれ」  シーウォラウォンはまたそう言って右手を挙げると、下を向いていたジェッタの顔を掴んで強引に前に向けさせた。 「目を背けてはいけません。しっかりと見届けるのです」  剣がタイナムの首に振り下ろされた。ドバッと血飛沫が飛んだ。 「あ、あああ、うう……」  ジェッタは歯を食いしばり、父親のソンタムの生き写しのような端正な目に涙を湛える。シーウォラウォンはそれを見て静かにほくそ笑んだ。  他に始末しておきたいシーシン派の大官にアンクラットとチューラという者がいた。が、その二人は長政が懇意にしていたらしく、彼から助命嘆願をされて処刑は取り止めていた。長政のそのような頼みを聞き入れたのは、彼にはまだ利用価値があり、味方に付けておく必要があったからである。  もっとも始末したかったのはシーシンだった。が、彼は保身のために僧籍に入っていた。シャムでは仏教が尊ばれており、出家した者は俗界のいかなる裁きも受けなくていいという特権があったからである。そのため、シーシンを処刑するには彼から僧服を脱がせる必要があった。  ——さて、あの日本人にどう動いてもらうか……。  思案しながら処刑執行人に右手を挙げた。最後の三人目のタムトライロクに向かって無慈悲な剣が振り下ろされた。
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