第15話 シーシン救出作戦

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第15話 シーシン救出作戦

 マンコンはシーシンの幽閉されている場所をそれほど苦労することなく見つけることができた。ペッブリーの広大な湖の岸に警備兵らしき者たちが五、六人まるで目印のようにそこに集まっていたからである。  彼はその兵たちから遠く離れた丘の茂みに身を潜めて様子をうかがっていた。湖は夕日をさざなみに反射させてきらきらと琥珀色に輝いている。それを背景にして動く警備兵のシルエットはまるで影絵芝居の人形のように見えた。 「ぶるるる……」  マンコンの傍に立つ愛馬が小さくいなないた。 「よし、いい子だ。おとなしくしてろよ」  彼はそう言って馬の顔を優しく撫でる。馬はそれに答えるかのようにフサフサのまつ毛の生えた目をパチパチと瞬きした。  やがてゆっくりと日が沈んでいく。夜の色と限りなく同化した警備兵のシルエットがひとつ、またひとつと消えていく。完全に人気がなくなるのを確認してからマンコンはようやく動いた。馬をそこに残して丘を下りていった。  警備兵たちのいた場所から少し離れた木立の中に穴が掘られていた。マンコンがひとりで一週間ほどかけて掘ったものである。  彼の作戦はこうだ。このままシーシンの幽閉されているところまで穴を掘り進めていって彼を救出する。そしてシーシンの服を着させた身代わりの者の死体をそこに置き、王宮には彼が死んだものと思わせるのである。  斜め下に向かって掘られた穴を下りていくと、途中から向きが垂直に変わる。そこまで行くと周囲は完全な暗闇に包まれ、木々のざわめきや虫の鳴き声も届かなくなる。自分の輪郭が消失してしまったかのように感じる黒一色の空間を、手足に触れる土の感触だけを頼りにさらに奥へと進んでいった。  やがて穴のいちばん奥に突き当たった。そこに穴を掘るための鋤を置きっ放しにしていた。それを拾い、目の前の土にザクッと刺してその土を後ろに放り投げていく。それをひたすら繰り返した。  途中何度か地上に出て休憩しながら東の空が白みはじめるまでその作業を続けた。その日の作業を終えると、馬の待っている丘の上に戻り、首を垂れて立ったまま寝ている馬に寄り添うようにして眠りに落ちた。  その地道な作業はそれからさらに何日にも及んだ。そしてシーシンの幽閉されているところまで感覚的にあともう少しというところまで来た日のことだった。休憩のために地上に出ようと穴から顔を覗かせたところで目が合った。 「なんだ、おまえ。そこでなにをしている」  警備兵のひとりがそこに立っていた。腰に差していた剣を鞘から抜いて前に構える。マンコンは穴から出ると、周囲を見渡して彼以外に誰もいないのを確認して言った。 「よかった。おまえひとりか」 「貴様、何者だ。その穴はなんだ!」 「俺の名はマンコン。主君のシーシン様を救出するためにこの穴を掘っている」 「な……!」  警備兵は顔を強張らせて言葉を失う。 「おまえ、シーシン様と同じような体格をしているな。ちょうどいい。おまえにシーシン様の身代わりになってもらうことにしよう」  マンコンも剣を鞘から抜いて前に構えた。すると、警備兵から前に出て剣を振り下ろす。キンと刃がぶつかり合う。鍔迫り合いになり、至近距離で睨み合った。シーシンの身代わりにするために彼の体はあまり傷つけたくなかった。  ——そのためには……。  マンコンは相手が剣をぐいと押してきたところで自分の剣をパッと手放し、体を横に逸らした。警備兵は勢いあまって前に倒れかかる。マンコンはそこで彼の頭と顎に両手を置いて掴むと、勢いよく捻り上げて首の骨をゴキッとへし折った。警備兵は息絶えてマンコンにだらんともたれかかった。 「動くな!」  そこで声が響いた。マンコンの周囲をまた別の警備兵五人が半円状に取り囲んでいた。全員が弓を構えており、弦を引いてその尖った矢尻をマンコンに向けている。 「クソ……」  マンコンは警備兵の死体を肩に担ぐと、地面に落とした剣を拾うために素早く腰を落とした。それと同時に五本の弓が彼に向かってヒュッと一斉に放たれた。
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