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「すまない……乱兄には言わないと約束していたのに」
「仕方ねぇよ。透子がダメならタイラーを脅すだろうかならな」
幹也さんが手招きをすると透子さんはベッドサイドにしゃがんだ。大きな手が彼女の頬を撫でる。透子さんの表情に気持ちは穏やかになるのに、足の震えはおさまらない。
「幹也さん……嘘ですよね?」
「こんなくだらねぇ嘘ついてなんになる。おまえが見たまんまだ。急に手足が動かなくなる、声も出なくなる。そのうち立つこともできなくなる」
「どうして安静にしないでライブなんかやるんですか。お酒だって煙草だって」
「何をしたってどうせ死ぬ。だったら好きなようにやってたい」
幹也さんは透子さんの頬に手を添えたまま、指先を動かした。まるでギターの指板上を這うような指の動きに、胸が締めつけられる。
「アルバムを作ってライブをやるまでは死なない。おまえは今まで通りやれ」
「そんな、アルバムなんて作ってる場合じゃ……」
反論しようとしたのに、幹也さんのまぶたが落ちたので何も言えなくなってしまった。透子さんは力の抜けた腕を掛布団の中におさめて立ち上がる。
「幹也が退院するまでライブは中止だ。君も好きにするといい」
「急にそんなこと言われても」
「ラウドは幹也がいないと成立しない。君はもともと学業が忙しいのだから……」
話している最中に透子さんの携帯電話が振動した。彼女が出てすぐに今度は僕にもメッセージが届く。
通路に出た透子さんは大きく息を吐いて天井を仰いだ。
「そういうわけにもいかないらしい」
画面を見せられたので、僕も携帯電話を差し出した。送信元はどちらも社長秘書の松野さんだった。
今夜のライブは幹也さん抜きで決行。ラウドの楽曲をバイオリンもしくは他の楽器でインスト演奏すること。フロントは僕。もちろん歌ってもかまわない、と付け足されている。
「社長の命令は絶対だからな」
透子さんは何とも言えない笑みを口に浮かべて僕の背中を押した。期待されているのか、やっても無駄だと思われているのか。
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。インスト演奏のイメージは既にある。観客をあっと驚かせてやろう。透子さんにも一人前だと認めてもらう絶好の機会だ。
ステージのど真ん中に立つ自分をイメージするだけで、手が震えだしそうだった。
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