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それから一時間して病室に通された。二週間の絶対安静。水色の入院着を着せられた幹也さんは別人みたいにやせ細って見えた。
僕は丸椅子に腰かけて幹也さんの顔をのぞき込む。荒れた肌に無精ひげ、紫のくちびるはカサカサと皮が剥けている。
「透子さん、幹也さんって何の病気なの?」
「大したことはない」
「そんなわけない。あんな痛がり方、普通じゃないです」
さっき車で幹也さんに飲ませた錠剤の薬には見覚えがあった。声が出なくなったあのライブのあと、控室で幹也さんが握っていたものだ。
「僕が飲ませたのは痛み止めですか。それとも発作を抑える薬かなにか」
「いつものことだ。心配することはない」
「これがいつもだったら異常じゃない?」
そう言ったのは乱さんだった。病室の入り口付近に立ったまま、幹也さんに視線を投げかける。
「こんなの聞いてないよ、透子」
「誰にも話すなと言われている」
「それ、俺も入ってるの?」
「限られた人間しか知らない」
「せっかく戻ってきたのに仲間外れってわけ。悲しいね」
乱さんがブーツを踏み鳴らしながら近づいてきた。異様な目つきをしながら透子さんの背後に立つ。伸ばした両手が彼女の首をつかもうとして、僕はとっさに割って入った。
「何? 邪魔なんだけど」
「無言で女性の背後に立っちゃいけないって……母さんが」
「悪い子にはおしおきが必要でしょ。マザコンくん」
どす黒くにごった両目に睨まれて背筋に寒気が走った。彼の顔に張りついていたはりぼての笑みがはがれ落ちる。透子さんを隠すように彼の前に立ち塞がると、突き刺すような視線を向けてきた。足元から震えが襲ってくる。
「世間知らずの君にはしつけが必要だね」
「やめろ……乱」
背後から幹也さんの声が聞こえた。途端に乱さんの瞳に色が戻る。僕と透子さんを押しのけて幹也さんの手を取ると、彼は泣き出しそうな顔をした。
「俺は幹也のことが知りたいだけだよ」
「……神経膠芽腫、悪性の脳腫瘍だ」
乱さんの手から幹也さんの手が抜け落ちた。幹也さんはうっすらと目を開けたまま首を動かして僕らを見る。
「余命はとっくに過ぎてんだよ。わかったら帰れ」
「またまた、くだらない冗談言って」
「冗談だろうがなんだろうが、ほっときゃそのうち死ぬんだよ。おまえには関係ない」
「……俺はそんなの信じない」
「信じる必要なんてねぇから二度と俺のところに来るな」
「来るよまた……幹也が元気になったら」
乱さんは愕然とした表情を隠すこともなく、頼りない足取りで病室を出て行った。呆然とする僕の隣で透子さんが大きなため息をつく。
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