第1話

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第1話

 太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署刑事部機動捜査課の課長であるエドワード=ヴィンティスの朝は溜息で始まる。  そして午後も溜息で始まる。  溜息をつかせた張本人であるシドがポーカーフェイスで言い放った。 「課長、俺の顔を見るなりクソ重い溜息なんかつかないで下さいよ」 「キミたちはどうして私が溜息をつくのか、まさか分かっていないのかね?」 「僕はちょっぴり分かる気が――」  一緒にされたくないハイファがそうっと挙手する。  シドとハイファの間には、午後一番で引きずってきた街金強盗二名とひったくり二名の計四名がうなだれていて、機動捜査課の刑事(デカ)部屋は大騒ぎなのだった。  それも街金強盗の四名中二名は狙撃逮捕、ナイフを腕ごと撃ち落として病院送りだという。一報を聞いて血圧が下がりクラクラした。毎度のことながら訊かずにはいられない。 「シド、若宮(わかみや)志度(しど)。何故キミはそうも大人数で帰ってくるのかね?」 「知りませんよ、俺が事件をこさえてる訳じゃない」  吐き捨てた部下を、哀しみを湛えた青い目でじっと見つめた。  三十世紀前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔らしく、黒髪に切れ長の黒い目。ラフな綿のシャツにコットンパンツ。上着は六十万クレジットを自前で出したという対衝撃ジャケットである。これは挟まれたゲルにより、余程の至近距離でもなければ銃弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーまである程度弾くシールドファイバだ。  おまけに夏は涼しく冬は暖かい逸品……という本人の自慢はどうでもいいのだが、つまりはそんなものを着て歩かなければならないほど、この部下はクリティカルな日常を送っているということである。相棒(バディ)のハイファことハイファス=ファサルートが毎度無事に還ってくるのが不思議なくらいだ。 「AD世紀から三千年、この汎銀河一の治安の良さを誇る地球(テラ)本星の、それもセントラルエリアで、何故キミの周囲にばかり事件・事故が集中発生するのかね?」 「だから知りませんってば。……ハイファ、お前はヤマサキとこっちのひったくりな」 「我が機捜課はここで事件待ちをしていればいいというのに、何故そうも表ばかり歩きたがるのかね?」 「ここにいたってロクに仕事なんかない、同報なんか入らないじゃないですか」 「同報を入れるのはいつもキミ、キミは既に現場にいるからだ。ときにはホシより先に現着しているとは、いったいどうなっているのかね?」 「面倒がなくていいじゃないですか」 「そういう問題じゃない。道を歩けば、いや、表に立っているだけで事件・事故が寄ってくる『イヴェントストライカ』たる自覚が足りん!」 「その仇名を口にするのは止めて下さい。大体、非科学的だ。ナンセンスだ」 「非科学的だろうが何だろうが、今週の管内の事件発生数とキミの事件(イヴェント)遭遇(ストライク)数が完全一致しているという事実を認識してだな――」 「ああ、はいはい。取り調べ行きますんで、あとにして下さい。……マイヤー警部補、ヨシノ警部、応援頼みます!」  まともに相手をして貰えない上司に、ハイファが気の毒そうな視線を寄越してくる。  こちらは上品なドレスシャツにソフトスーツ姿だ。タイは締めていない。瞳は優しげな若草色で、明るい金髪にシャギーを入れ、後ろ髪をうなじの辺りで銀の留め金を使いしっぽにしていた。しっぽは長く、腰くらいまで届いている。身長こそ低くはないが、細く薄い体型といい女性と見紛うような、なよやかさだ。  だがミテクレにダマされてはいけない。イヴェントストライカと約一年もバディを組み続けているということは、それなりの人物だということだ。現に今日も二人は街金強盗と銃撃戦をやらかしてきたのである。  この醒めた現代で、殺しや強盗(タタキ)などの凶悪事件の初動捜査を担当する機捜課はヒマもヒマ、僅かな在署番だけ残し、大部分の課員は他課の張り込みや聞き込みなどの下請けまでやっているというのに、この二人の部下は本来の機捜課らしく、日々事件を運んでくる。  ずっと単独だったシドにバディを付ければ多少は落ち着くかと思いきや、実際にはまるで逆だった。イヴェントストライカが二人に増えたような毎日だ。ヴィンティス課長はまたも深々と溜息をつき、胃薬と増血剤の瓶に手を伸ばした。 ◇◇◇◇  全てのホシが現逮、サラサラと調書を取ったシドは、自分のデスクに戻るなり煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。これも取り調べを終えて戻ってきたハイファが、すかさずデカ部屋名物の泥水コーヒーの紙コップと、打ち出したばかりの報告書類八枚プラス、始末書A様式一枚を隣のシドのデスクに置く。 「あー、またこれかよ。いい加減、腱鞘炎にならねぇのが自分でも不思議だぜ」  始末書は街金強盗への発砲である。シドとハイファは超A級の射撃の腕の持ち主だ。誤射などしたことはない。だが考えられる危険性から一般人がいる場所での発砲は警察官職務執行法違反となり、問答無用で始末書モノとなるのであった。  おまけに今どき書類は原則手書きなのだ。容易な改竄防止や機密保持のために先人が試行錯誤した挙げ句に結局落ち着いたローテクである。筆跡は内容とともに捜査戦術コンに査定されるので、ヒマな人員が何人いても押し付けることはできない。  つーっと紙コップの泥水を飲んだのち、ハイファはさりげなく左薬指を眺めて微笑んだ。 「いいじゃない、今はまだ。僕がくる前は独りで書類の山に埋もれてたんだから」 「だからって書類の枚数が減った訳じゃねぇぞ」 「じゃあ、単独時代の方が良かったって言うの?」 「ンなこた言ってねぇだろ。火力も倍になったしな」 「火力、ねえ」  長らくシドにはバディがいなかった。いや、AD世紀からの倣いである『刑事は二人一組(ツーマンセル)』というバディシステムに則って、最初は何度も相棒がついた。だがそのことごとくが一週間と保たず、五体満足では還ってこられなかったのだ。  心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療だ。勿論、彼らも再生・生還は果たした。だがそんなモノを見せつけられてなお、シドと組もうというスリルに飢えた博打好きも気合いの入ったマゾもいなかった。  そんな長きに渡る単独時代にピリオドを打ったのが、テラ連邦軍中央情報局第二部別室という、一般人には聞き慣れぬ部署から約一年前に出向してきたハイファの存在だった。  ハイファは最初、別室の任務でシドと組んだ。その一件でジンクスの洗礼を受け、一度は殆ど死んだというのに、へこたれることなくまだシドのバディを務めている。  だからといってハイファがマゾだったのではない。  元々二人は八年前からの知己だった。広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーの初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会の動標射撃部門で、ともに過去最若年齢にして最高レコードを叩き出して以来の親友、ハイファにとってはシドが想い人だったのだ。  だがシドは完全ヘテロ属性ストレート性癖で、ハイファは事ある毎に果敢にアタックを続けてはいたが、一生想いは叶わぬものと諦めていた。しかしその想いは七年にして成就した。ハイファが死にかけた一件を境についにシドが堕ち、想いに応えてくれたのだ。  そして公私に渡る二十四時間バディシステムがここに生まれ、ハイファは誰も欲しがらないシドの女房役という座を死守する構えなのである。  機捜課内でも公認の仲となった二人の指にはペアリングが光っていた。  それでもシドは職場に於いてハイファとの仲を未だに認めようとしない意地っ張りの照れ屋で、同僚たちにからかわれ、冷やかされては躍起になって事実否認を繰り返している。そんなシドがペアリングなどというモノを嵌めてくれるとはハイファも思わなかった。  それ故ハイファは嬉しくて堪らず、密かにリングを眺めては幸せに浸っているのだ。
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