第13話

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第13話

「往きは私が運転する。帰りは小田切、貴様に頼む」 「分かった、本部の裏に駐めて置けばいいんだろ?」  喋りながら既に出発しバイパスから最短で高速に乗った。日も暮れた中を都内に入り首都高速で羽田に向かう。愛車を小田切に任せ国際線旅客ターミナルに飛び込んだのが十八時五十五分だった。  すぐさまチケットのチェックインをし、その場で日本及びオルセキア政府、それにトランジットで通過する政府発行の正式な武器所持許可証を見せる。  するとここでもう専門の係員がついてくれて、セキュリティチェックや出国審査も銃を身に帯びたまま簡単にクリアすることができた。  だが搭乗前に煙草を吸えなかった京哉は静かに鬱に落ち込んでいる。 「あのう、どのくらい掛かるんですか?」 「待て、今……出たな。カタールのハマド国際空港でのトランジットまで十二時間。ハマド空港で五十分待ち。次がルーマニアのアンリ・コアンダ国際空港まで五時間。ここでは一時間十分待ちで、ラストがオルセキアのランス国際空港まで三時間。二十一時間掛かって時差がマイナス六時間だ。ニコチン切れになる前に計算しろ」 「ええと、着くのが明日の十七時で現地時間は十一時ってことですね。はあ~っ」 「重苦しい溜息ばかりつくんじゃない。それとトランジットが短いからな、おそらく全て機内待機だぞ。機外に出られても最近は屋内禁煙空港が殆どだがな」 「鬼、悪魔、サドっ!」  喚いて責めても霧島は涼しい顔だ。無事の離陸に安堵するとすぐに供された夕食をバリバリ食い、食べて余計にニコチン不足で苛立つ年下の恋人に毛布を掛けてやる。 「幸い夜の便だ。眠っていればすぐだろう」  自分の肩に凭れさせペアリングを嵌めた左手同士を繋いでやると早起きだった京哉はあっさりと眠りに落ちた。そんな無垢ともいえる顔からそっと伊達眼鏡を外すと自分のスーツのポケットに入れ、霧島は京哉からソフトキスを奪って目を閉じた。 ◇◇◇◇  食っては眠ることを繰り返し、夢の中で煙草を吸いつつ二十一時間を耐え抜いて、京哉は霧島と共にオルセキアの首都ランスにある国際空港に辿り着いた。  寝惚け眼を擦りながらボーディングブリッジを渡るとまずは国際線ターミナルビルでの入国審査である。英語もロクに理解できなかった京哉も度重なる特別任務で必要に駆られ、最近は酷い単語の羅列ながら意思疎通は何とか可能になってきた。けれど流暢に喋る域には達していないので、何もかも霧島と政府発行の書類に丸投げする他ない。  しかし周囲の人々が喋っているのは英語でもなさそうで不安になった。 「忍さん、言葉通じるんですかね?」 「こういう国は英語も多少は通用する筈、大丈夫だ、問題ない」  この霧島の『大丈夫だ、問題ない』は口癖のようなもので、本人は泰然としているが、あまり大丈夫でないことが多い。お蔭で京哉はもっと不安が増したが、今回に限って本当に大丈夫だったようだ。霧島は入国管理官に当然の如く滑らかな英語で話しかけ、政府発行の書類を見せると、幸い言葉は通じたらしく役人も訛りの強い英語で答えた。  おまけにその役人は面倒な客の相手をしたがらず、すぐに釈放(パイ)となる。荷物も預けていないので、もう何処に行こうが自由の身だった。 「で、イーリィ=オーツを探しに行かなきゃならないんですよね?」 「その前に飯だ。私は腹が減った」  言った傍から霧島は周囲の人間が振り返るような巨大な音を腹から発した。京哉は少々恥ずかしくなったが自分も腹が鳴りそうな状態だったので文句は控える。代わりに何か食わせて貰えそうな店を積極的に探し始めた。少し古びたターミナルビル内にはレストランもあるのは案内地図板のナイフとフォークのマークで分かっている。 「このビル内で食べますか?」 「そうだな、物色してみるか」  だがターミナルビル内の飲食店は何処も驚くような値段を掲げていて、霧島はあっさり空港から出ることを決めた。霧島カンパニー会長御曹司でも、所詮は耐乏官品である。  ともあれターミナルビルから出て客待ちの列を成していた黄色いタクシーの一台に乗り込むと、英語で「ランスの市街地まで」と告げた。ドライバーは心得たように頷いてタクシーを出発させる。十分ほどで周囲の様相が変化した。高層ビルこそ建ってはいないが、古く由緒のありそうな五、六階建ての建物が軒を連ね始めたのだ。  それらの一階には様々な店舗がテナントとして入り、目に愉しい。テーラーやベーカリーに香水などの伝統がありそうな店と、コンビニやドラッグストアが混在している。それらも皆、観光客向けか古びた店構えだ。これも観光客向けか、車道こそアスファルトだが歩道は全て石畳である。そのふちには色鮮やかな花々のプランターが並べられていた。  まもなく街の中心らしき石畳の広場の入り口でタクシーは停まる。霧島がクレジットカードで妥当な値段と思われる額を清算し、二人は降車した。  広場を京哉は眺め渡す。中央には魚をモチーフにした彫像があり、それが口から水を吐いて噴水池となっていた。人々がそぞろ歩く広場の周りにはホットドッグなどの屋台が並び、タープを張ったカフェレストラン風の店も見受けられる。 「気候は日本と変わらないみたいですね」 「そうだな、結構寒いかも知れん」  だが手にしたコートは羽織らず二人は目に着いたレストランへと足を向けた。無数の鳩を蹴散らすようにレストランに辿り着くと、そこが掲げたメニュー表の価格帯は二人にも納得できるものだった。迷うことを知らない霧島はさっさと入店する。  中に入ると京哉の目からは日本のファミレスと何ら変わらない店のように見えた。霧島が英語で煙草が吸えるか訊いてくれる。黒服の男に案内されて窓際の喫煙席に収まった。四人掛けのボックス席でメニュー表を見て、初めてイタリアンレストランらしいことが分かる。二人はピザのセットとパスタのセットを頼んでシェアして食べることにした。  頼んだ瓶入りのミネラルウォーターが出されるのを待って、京哉はいそいそと煙草を出し、一本咥えてオイルライターで火を点ける。約一日ぶりの依存物質に深く溜息が出た。 「依存症患者は大変だな」 「ええ。でも忍さんも特別任務で国外に来るとしょっちゅう僕のを盗んで吸ってるじゃないですか。いえ、責めてなくてストレス溜まったら吸って下さいってことです」  大学時代までは霧島も喫煙者だったと京哉も聞いている。  人命を護るために警察官になり実践していた霧島が特別任務でハードモードだと生きる側に回るため、殺さなければならない場面に幾度となく直面してきた。何もかも割り切り呑み込んだつもりでいたって、つい京哉の煙草に手を伸ばしてしまうほど負荷が掛かっているのだ。  それが分かっているから京哉はあくまで軽く言い、煙草のパッケージを振った。
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