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彼女が選んだ家には統一感がない。デザイナーマンションもあれば、ボロボロの木造アパートであったり、挙げ句の果てに事故物件にも住んでいた。今回は女子学生専用のアパートを選んだらしい。大学からも近く、スーパーには徒歩10分で着く。オートロックはなく、セキュリティは緩い。カンカンと音を立てて階段を上がると、キーキーと叫ぶ声が聞こえた。女子同士の喧嘩だろうかと身構えると、綺麗な格好をした50代くらいの女性がドアの前で叫んでいる。
「どうしてこんな所に住んでるの!」
「恥ずかしい!」
「もっとマシな生き方をしなさい!」
「せめて私たちの邪魔にならないようにしなさい!」
彼女は叫びながら、ドアの隙間をこじ開けた。女子学生の肩を掴み、壁に押し付ける。
「邪魔にならないために、ここに住んでます」
怒りも涙もなく、学生は淡々と答えた。その声に聞き覚えがあり、私はふと立ち止まった。真緒だ。笑顔の多い真緒の眉間に珍しく皺がより、不機嫌であることを表に出している。
「じゃあ私たちの家に来て欲しくなかったわ」
「……」
「謝りもしないのね」
「その点では私は何も悪くないので」
「何ですって!」
殴りかかるような勢いに、私はつい足を踏み出した。急な乱入者に、掴みかかっていた女性は目を剥いた。
「誰よ、あなた」
「真緒の、彼女の友達です。何があったんですか?」
真緒は目を逸らした。女性は彼女から手を離し、髪を整えた。
「あなたには関係ないわ」
「いや、でも」
「私は帰るわ」
身を翻して、私の横を通り抜けると、イランイランの香りがふわりと広がった。彼女か階段を降りたのを確認して、真緒は私に笑みを向ける。
「ごめん。あの人はいつも、あんな感じだから」
「大丈夫?」
「まぁ」
「まぁって、大家さんとかじゃないの?せっかく引っ越したばかりなのに」
真緒は左右に首を振った。
「違う違う。義理の母だから」
「え?」
「私、養子なんだよね」
ヘラヘラと笑いながら言った彼女の言葉は衝撃的で、私は口をポカンと開けたまま、真緒の家に入った。部屋の中は段ボールが置かれている。引っ越すことが多く、段ボールを収納代わりにしている。
「養子っていうか、愛人の子って感じ。だからあの人とは気が合ったことがないんだぁ」
「へぇ」
何も知らなかった。彼女の表情は同情も詮索も寄せ付けない。私は片手に持った紙袋を握りしめた。
「これ、引越祝い兼お土産」
口の中は乾き、話題を変えた自分に心中で悪態をついた。ふらふらとした真緒がせっかく家庭事情を話してくれたのに、私はなんて無能なんだろうか。
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