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「はぁ……はぁ………あ゛ぁぁ」
頭が痛い。胸が痛い。視界は歪んで真っすぐ歩いているがすぐに壁に阻まれてしまう。
おかしい。いつも真っ直ぐに続いている廊下がS字カーブのように感じる。
「はぁ……はぁ……」
苦しい苦しい苦しい……。
気温が高いわけでも、激しい運動をしたわけでもない。ただ保健室を目指して歩いているだけだ。大した距離ではない。でも、額からは汗が濁流の如く流れ出る。
「飲みたい」
万能薬を飲めばこれが収まる。
しかし、『過度な使用は厳禁。自己責任じゃ』という神様の声が頭の中に響いた。禁断症状というものになっているのだと、そこで気づいた。
飲みたくてしょうがない。この地獄から解放されたいと何度も何度も思う。
「くっ……そぉぉぉ!!!」
でも、また飲んでしまっては同じことの繰り返しだと、残った理性が全力で止めてくる。自分の中であらゆるものが滅茶苦茶に絡み合って、もう頭の中は短絡してしまっている。
「ぐっ!!!」
それでも歯を食いしばりながら歩みを進めて、保健室のドアを勢い良く開ける。
歪んでいる視界の中で、保健室の先生に助けを求めようとするのだが、人の姿は視界に映らなかった。
『痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い』
全身は燃え上がるように熱くなり、突き刺すように心臓の鼓動に乗せて頭痛が襲ってくる。
保健室のベッドへたどり着くと、身体が安心したのか、倒れるように身を預けた。
『………くん!』
ベッドに身を預けた途端に、頭痛が少し和らいだような気がした。頭の中が回るような感覚の中で、誰かが俺の名前を呼んでいるような気がした。
『和也くん!』
保健室の先生が来たのだろうか。
勝手に入って寝ているから怒っているのかもしれない。でも、そんなことを言ってられる状況じゃない。収まった後ならいくらでも怒られよう。
今は……。
『和也くん!』
「うるさいっ!!!」
ふざけるな!とばかりに耳障りな言葉を投げ掛けてくる人物の方に顔を向ける。
「なんだ……お前か」
「大丈夫には見えないよ」
「大丈夫だ」
目の前には保健室の先生ではなく、近澤の姿があった。らしくない悲しそうな顔でずっとこっちを見ていた。
なんだよ。お前には関係のないことだろ。
「すごい汗……」
「暑いからだよ。はぁ……はぁ……」
「とりあえず、飲んで」
差し出されたのはガラスコップに入った透明な液体。何処からどう見ても"水"にしか見えない。
「…………」
そんな事は今はどうでも良かった。相手が近澤だとか、顔が見たくないとかそんな感情よりも先に、大量の汗で身体が水分を欲していた。
「んっ……うっ……」
コップに入った水を一気に飲み干す。
「はぁ……はぁ……、えっ」
食堂を冷たい水が通る感覚がした後に、身体が苦痛から解放されていった。先程の地獄のような苦痛が嘘のように消えて、呼吸も頭痛も落ち着いた。
「落ち着いた?」
「な……、これ、何の薬が入ってた?」
まさか万能薬が入っていたのかと焦った。
こんなのを一瞬で治せるなんて、あれくらいしかないだろう。
「え?薬なんて入ってないよ。ただの水道水」
「そんな」
馬鹿な。そんな事あるはずない。
禁断症状が水道水なんかで簡単に収まるものか。
「何か入っていただろ」と俺は"水道水"を信じなかった。
「うん。特別入っているとすれば……、"私の想い"かな?私の好きな和也くんに戻ってくれて安心した」
「おま……、それどういう」
してやられた。
不意な言葉にどうしていいかわからなくなる。
本当の万能薬というのは、彼女の想いだったようで、こんな即効性に勝る薬や病気はないだろう。
けれど、彼女の想いには、とんでもない副作用が含まれていた。
鼓動をはち切れそうなほどに急加速させ、顔は真っ赤。目が合わせられないほどに、心を惑わせるという恐ろしい副作用が……。
それは、薬祖神の願い薬だったのかもしれない――。
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