雑貨屋さん

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雑貨屋さん

(あそこ、かな?)  会社と駅を結ぶ大通りから少し脇道に入った所。  最近素敵な雑貨屋ができたと聞き、久しぶりに定時あがりをした杏奈は、さっそく店を訪れてみることにした。  少し前に昇格したせいか、ここずっと残業続きで、休日も疲れ果てて、しばらく大好きな雑貨屋めぐりもできていない。それだけに、杏奈の胸は期待で大きく膨らんでいた。  厳密に言えば、それだけ、ではなかった。  昇格祝いにと、職場の同僚や後輩たちからプレゼントされた、可愛らしい小物入れ。派手さは無いが色使いのセンスが抜群で、大きさも、手に持った時の重さも申し分なく、さっそく大事なアクセサリーを収納しているその小物入れも、聞けばその雑貨屋で購入したとのこと。  高鳴る胸を落ち着かせるようにひとつ深呼吸をし、ゆっくりと店に近づいて、入り口の前に立つ。 (楽しみ……)  腕を伸ばして杏奈が扉を開こうとした瞬間。  背後から声がかかった。 「いらっしゃい!」  あまりのタイミングにぎょっとして振り返ると、そこにいたのは、杏奈にはまるで理解のできないセンスの服に身を包んだ、チャラそうな男。 「自分、お客さんやんな?俺、ここのオーナー。さっ、はよ入って中見てって!」  今まさに杏奈が開こうとしていた扉をさっさと開け、男は人好きのする笑顔を浮かべて杏奈を店の中へと促している。 (この人が?オーナー?……お店、間違えたかも、私)  すぐには受け入れられなさそうな男の風体に、今すぐ踵を返して店を離れたいと思った杏奈ではあったが、男の促し方は柔らかくはあるものの、どうにも拒絶しきれないものがある。仕方なく、杏奈も愛想笑いを顔に貼り付け、とりあえず一歩、足を踏み入れてみた。  と。 「うわぁ……」  思わず、声が漏れていた。 【雑貨屋】と一括りにしてしまうことなどできないほど、そこには杏奈にとって夢のような場所が広がっていた。  大きなものでは、アンティークの姿見やチェスト。小さなものではイヤリングやボタンまで。  決して大きな店ではなく、商品も一見雑然と置かれているように思えるが、さんざん雑貨屋めぐりをしてきた杏奈には、客の動線がよく考えられていることが分かる。そして、どの品も、見ているだけでワクワクするような、思わず笑顔になってしまうような、杏奈にとっては探し求めていた究極の店。  入り口近くで立ち尽くしたままの杏奈の姿を、『自称:オーナー』の男は目を細めて暫くの間眺めていた。  さんざん迷いに迷って、杏奈は小さなペンダントヘッドをひとつ、手に取った。 「お客さん、お目が高いなぁ」  器用に薄紙で品物を包みながら、自称:オーナーの男はニッコリと笑う。 「これ、さっき店に出したばっかりのもんやで?昨日の仕入れ先で一目惚れしてもうてなぁ。予定外に買うてしもたんやけど。良かったわぁ、お客さんに買うてもろて」  相変わらずチャラそうな口調で、男は軽快に話しかけてくる。  人見知りの気がある杏奈にとって、初対面の、しかもこの手のチャラそうな男は、どちらかと言えば苦手な部類だった。 「……そうなんですか」  愛想笑いで、やっとそれだけを口にする。 「ところでお客さん。この店のこと、どこで知ったん?」  包みを手渡しながら、男は何気ない口調で杏奈に尋ねた。 「宣伝も何もしてへんし。まだ、オープンもしてへんねんけど」 「……えっ?」 「おっ、と」  思わず受け取り損ね、落としそうになった包みを無事キャッチし、男は杏奈の手を取って包みを乗せる。 「危ない危ない。壊れ物やで~、気を付けんと」 (まだ、オープンしてない?!)  言われてみれば、店の入り口の扉は閉まっていたし、目立つような看板も無かったように思う。何を扱っている店かも、分からないくらいに。 「あのっ、私、申訳ありませんっ!まだオープンしてなかったなんて……」  言いながら、杏奈は慌てて頭を下げた。  知らなかったとはいえ、いくら自称:オーナーが招き入れてくれたとはいえ、相当の時間その店にいた事を杏奈の腕時計が示している。 「本当に、とんだご迷惑を」 「あーっ、もしかしてお客さんっ!」  謝罪を続ける杏奈の耳に突然響く、素っ頓狂な男の声。 「主任さんやろ?」  思わず顔を上げた杏奈に、男はニッと白い歯を見せた。 「ちゃう?」 「……そう、ですが」 (なんでこの人が知ってるの?)  杏奈が主任に昇格したのは、つい先日のこと。  しかも、全くの初対面のこのチャラ男がなぜその事を? 「やっぱり、な。この前な、『雑貨好きの先輩に昇格祝いのプレゼントを贈りたい』て、お客さんが来てくれはったんや。その先輩、えらい真面目で仕事もようできて、堅物やけど面倒見もよくて、大好きなんやって。せやから、どうしても素敵なプレゼントをお祝いに渡したいんやって。あんまりにもそのお客さんが熱心に頼むもんやから、今よりまだ品数も揃ってへんかったけど、俺も一緒に選んだったんや、そのプレゼント。その先輩は主任に昇格したって、確かあのお客さん言うてたな~、思て」 (そう、だったんだ。みんな……)  男の言葉に、杏奈の胸に嬉しさがじわじわと込み上げてくる。 (嬉しい……ありがとう)  そして、何故だか嬉しそうに語る男の姿に、杏奈は不思議な感覚を覚えていた。 (良くわからないけど……悪い人では、ないかも?) 「なぁ、もしかして、あの小物入れ、気に入ってくれたん?せやから、ここに来てくれたんか?」 「えぇ、そうです」  とたん。 「よっしゃ!」  自称:オーナーの男は、杏奈の目の前でガッツポーズを見せた。 「いやぁ、ほんま嬉しい。めっちゃ嬉しい!あのお客さんとな、えらい時間かけて選んだんやで?そない気に入って貰えたならもう、商売人冥利に尽きるっちゅーもんや!」  本当に嬉しそうに、子供のようにはしゃぐ男の姿に、思わず杏奈の顔にも笑みが零れる。 「ふふっ」 (やっぱりこの人、悪い人じゃない) 「オープン前にも関わらず、長居して申し訳ありませんでした」  店を出ると、杏奈は改めて男に頭を下げた。 「ええってええって。入り言うたんは、俺やし」 「ですが」 「そない謝るんなら」  そう言うと、店先まで見送りに来た男は、距離を取って立っていた杏奈にスッと近づき、耳元で囁く。 「また、来てや。主任さんなら、いつでも大歓迎やから」  かすかに、男の髪先が杏奈の頬を掠めた。  急な接近に、杏奈の頬がカッと熱を持つ。 「ちょっ、近いですっ!」  慌てて体を離し、さらに距離を取った杏奈を可笑しそうに眺めながら、男は言った。 「待ってるで、主任さん!」 「もぅっ!失礼しますっ!」 (前言撤回!やっぱりあの人、理解できないっ!)  怒りに任せて、杏奈は足早に店から立ち去る。  その後ろ姿に。  男は小さく呟き、笑った。 「真面目で堅物、ね」
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