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10
一度サツキは家に帰り、二日後の夜に待ち合わせた。明日には式を迎える予定の日だった。シオとサツキは、鞄一つを手に夜道を急ぐ。昼間は目立ちすぎて、列車を使うわけにはいかない。バクの助言を受け、夜のうちに一つ向こうの駅まで歩き、夜が明けると同時に列車に乗って遠い街に向かうことにした。
ひと気のない町を足早に進む。ぽつぽつと立つ街路灯の光に照らされる自分たちの影にも、はっとしてしまう。不気味なほど、静かな町だった。幾度もバクと共に夜の町は訪れていたはずなのに、これほどの静寂をシオは味わったことがなかった。
「サツキ、大丈夫?」
早足のまま問いかけると、サツキは「ええ」と微笑んだ。「心配いらないわ」
もう一息で町を抜けられる。そうすれば、あとは線路を伝って歩くだけだ。
力を抜きかけたその時、シオは背後の足音に気が付いた。振り返ると、後方の角を曲がって、見知らぬ男が姿を現した。この町の人間なら誰しも顔を知っている。だが、街路灯と月灯りに照らされたその顔は、全く見覚えのないものだった。
「サツキ殿、どこへ行くおつもりですか!」
二人は駆け出した。サツキの父親に繋がる人間だろう。その男は、「こっちにいたぞ!」と声を荒げた。
捕まれば、今後サツキは自由を奪われてしまうだろう。外を一人で歩くことさえ許されないかもしれない。シオに至っては、彼らが何をするか見当もつかない。ただ、サツキよりずっとひどい目に合わされて、彼女と二度と会えなくなるのは必然だった。
追え逃がすなと野太い声が静寂の街に響き渡る。あちこちの窓に灯がともり、人々が興味深げに窓から首を伸ばす。二人は懸命に駆けるが、追っ手は数を増やしている。
逃げきれない――。そんな思いがシオの頭をよぎった時、いつの間にか隣を飛んでいたバクが大声をあげた。
「私に乗ってください!」
大きな犬ほどのバクの言葉に躊躇う。だが、男たちの怒鳴り声がもうすぐそこまで聞こえ、シオとサツキはバクに跨った。
あっという間にバクは大きくなった。二人が乗っても十分潰れない大きさになると、風のように飛ぶ。
「待て!」
振り向いたシオの視線の先には、あの日見かけた青年がいた。夜の中でもわかるほどに目を血走らせ、手に握った拳銃をこちらに向けていた。
咄嗟にシオは、前にいるサツキを抱きしめた。
銃声がとどろく。同時に、更にバクは大きくなった。二人の背丈を軽々と超え、建物の二階の高さにも及ぶ大きさになる。銃弾はその身体に受け止められ、柔らかく弾かれて闇の中に落ちた。
バクは空を駆け、町を離れていった。
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