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 描き上げた絵は、自分でも最高と呼べる出来だった。だが、これを渡すべき相手はもういない。サツキと関われないのなら、自分でどこかに売ってしまおうか。絵を見るだけで、苦しくなってしまうのだから。  午後、家の呼び鈴が鳴った。扉を開けて、シオは驚いた。 「こんにちは、シオ」  そこには、いつもと変わらぬ笑顔のサツキが立っていた。 「今日はね、マフィンを焼いてみたの。初めてだから少し不安だけど、上手くできたと思うわ。一緒に食べようと思って」  いつものように部屋に入り、テーブルにバスケットを置く。そこでようやく、返事をしないシオを振り返って不思議そうな顔をした。 「ごめんなさい。都合が悪かったかしら」 「いや、そんなことはないけど……」  むしろ都合が悪いのはサツキの方ではないのか。そう思いながら扉を閉める。サツキは怪訝な表情をしていたが、「ねえ、シオ」と嬉しそうに両手を合わせた。 「この間描いていた絵、もう完成したかしら」 「うん。昨晩、描き上げたよ」 「よかったら見せてくれない?」  頷いて、シオはサツキを二階のアトリエに案内した。キャンバスの絵を見て、サツキは目を輝かせた。 「すごい! とっても綺麗ね。夜空をそのまま切り取ったみたい。ううん、それよりもずっと綺麗!」  はしゃぐサツキの様子は全く普段と相違ない。いや、新しい絵を目にした彼女は一段と嬉しそうに見える。 「よかったら、あげるよ……」 「本当? シオ、本当にいいの?」  頷くと、サツキは「夢みたい」と笑った。「今度、お礼にたくさんクッキーを焼いてくるわね。シオの好きなジンジャーの。他にも欲しいものはあるかしら」 「ううん、喜んでくれるなら、十分だよ」  そう言ったシオの両手を、サツキはそっと両手で包み込んだ。シオより少し小さな細い手は、温かだった。 「シオ、どうしたの。今日は様子が変よ。体調でも悪いの、それとも悩み事があるの」  心の底から心配そうな声に、シオの心で強張っていたものが、やんわりと柔らかくなる。サツキは変わっていない。いつも隣で笑ってくれていた彼女と、何も変わらない。 「サツキ……」だからシオは、決心した。「結婚するの?」  彼女は驚愕に目を丸くした。シオの手を握る両手に力がこもった。瞬かせた瞳を悲しげに伏せ、囁いた。 「知ってたの、シオ」  それから、サツキは語った。
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