第2話

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第2話

「……ねえ。もう僕のこと嫌いになっちゃった?」 「何でお前は妙なところで、そう短絡的なんだよ?」 「だって……そりゃあ出会ったその日に告ったのは僕だし、ずっと親友だった貴方に七年間もまとわりついてアタックし続けたのも僕だよ。バイだった僕と違って元々完全ヘテロ属性でストレートの貴方が、情に流されただけだったとしても仕方ないじゃない?」 「情に流されて、なあ」 「やっぱりそうだったの?」 「だからさ。昨日も……しただろ?」 「僕の躰だけが目当てだったの?」 「……」  言葉を選びあぐねてシドは黙る。そういえば昨日一緒に視たTVドラマで、似たような古臭い科白を人気女優が言っていた気がした。そうか、アレの影響かと納得する。 「だから合コンにもあんなに参加したがって――」  黒い鞄を手にした男二人組が物凄い勢いで遊歩道を駆け抜けていくのを見送った。 「いつも階段はスカートの女性の後ろを上がりたがるし――」  今度は制服警備員が二人、男たちを追って駆け抜けていく。 「いつも、いつもいつも、女性の白ブラウスを透視しようとガン見して――」 「ハイファ、そいつはあとだ。タタキだぞ」 「……強盗(タタキ)?」 「たぶんな。行くぞ」 「アイ・サー」  一団を追って走った。噴水の前まで駆け戻ると、そこにはお約束の光景が待っていた。 「テメェら、こいつがどうなってもいいのか!」 「それ以上近づいてみろ、このガキの首をへし折るぞ!」  強盗二人組は片手で大事そうに黒い鞄を、片手で雨合羽を着た子供をそれぞれ抱えて警備員らに凄んでいる。子供の母親らしき二人は悲鳴も出せずに顔色を白くしていた。  それらを一瞥してハイファが呟く。 「ふうん、得物はナシかあ」  二人は顔を見合わせると、既に手にしていた銃をするりと仕舞った。 「けど仮にもタタキだ、油断するなよ……やるぞ」 「どうぞ」  すっと息を吸うとシドが大喝した。 「惑星警察だ、両手を挙げて頭の上で組め!」  大声は子供から注意を逸らすため、シドは二人組に駆け寄ると男の一人の顎を蹴り上げていた。もう一人の男が子供を手放した瞬間を見逃さず、回し蹴りを腹に叩き込む。  子供をハイファと警備員がキャッチしたのを視界のふちに収めながら、顎を砕いた男の背中を蹴ってうつ伏せにし、ベルトの後ろに着けたリングから樹脂製の捕縛用結束バンドを引き抜いて後ろ手に捕縛した。  ことは終わったかと思いきや、腹を蹴って気絶させた男がもう目を覚まし、意外なタフさで起き上がっている。据わった目つきの瞳孔が開いていて、どうやらジャンキーらしいと思った途端にポケットから出したジャックナイフでシドに向かってきた。 「シド!」  ハイファの叫びを聞きながらシドはスウェーバックで白刃を躱す。 「大丈夫だ、離れてろ!」  大声で応えておいて繰り出されるナイフを素早くかいくぐり、その右手首を掴んだ。背中側に捻り上げるとナイフを落としたものの、リミッタの外れた馬鹿力で抵抗する。肩関節の外れる感触がシドの手に伝わった。  それでも抵抗を止めず全身で暴れ始めた男から一旦シドは離れて間合いを取る。体勢を立て直し男の懐に飛び込んだ。片袖と胸元を掴むと身を返して腰に乗せ、背負い投げて噴水の中に投げ落とす。  派手な水飛沫を上げて男は水中で足掻いた。足掻いただけでなく、噴水から手を伸ばすとシドの対衝撃ジャケットの裾を掴む。 「え、あ、おい、止めろ、この……ジャンキー野郎!」  ずるずるとシドの躰は引きずられた。シドも決して体格の悪い方ではないが男はかなりの大柄で、こうなるとウェイトの差がものをいう。 「あっ、こら……ハイファ、何とかして……うわあっ!」  男は興奮して訳の分からない叫びを上げつつ、とうとうシドを背後から抱き締めるようにして噴水に引きずり込んだ――。 「シド、大丈夫?」 「大丈夫じゃねぇよ……は、は、ハックシュン!」  噴水の水溜まりから這い出たシドはハイファの手を借りて地面に降り立った。背後の水溜まりには半ば溺死体になった男が浮いている。 「薄情なバディがいたもんだぜ」 「バディ解消じゃなかったの?」  また泣き怒り顔になったハイファをシドは溜息をついて見た。 「人の話は最後まで聞こうぜ……嫌いなんかにならねぇよ。好きだ。誰よりも愛してる。男だろうが女だろうが関係ねぇ。俺はお前が好きなんだ。何度も言ったろ、お前だけなんだ、俺にここまで執着させたのは」 「本当に?」 「ああ、嘘じゃねぇよ。一生、どんなものでも一緒に見ていく。そう誓ったじゃねぇか」 「……シド!」  全身から雫を垂らしたシドにハイファが抱きつく。よしよしと雨で湿った明るい金髪を撫でてやっていると、上空にハイファの要請した救急機がやってくるのが見えた。  救急機はBEL(ベル)、BELは反重力装置で駆動する垂直離着陸機だ。AD世紀のデルタ翼機の翼を小さくしたような、オービターにも似た機体である。  ランディングした救急機から白ヘルメットの隊員らがわらわらと降りてきて半溺死体と顎を砕かれた男を収容し、移動式再生槽の中にボチャンと投げ込んだ。  二人の前に隊員の一人がやってきて敬礼する。抱き合ったまま二人はラフに答礼。 「ワカミヤ巡査部長とファサルート巡査長ですね。のちほど署の方にご連絡致します」  再び敬礼し、隊員は去った。 「すっかり名前、覚えられちゃったね」 「まあ、顔を合わせるのも今日だけで四回目だからな」 「でも始末書は増えなかったね」 「始末書一枚とこのずぶ濡れと、どっちがマシなんだろうな」  救急機と入れ違いにランディングしたのは緊急機、スライドしたドアから二人の同僚である刑事二人と鑑識班が降りてきた。途端にシドはさりげなさを装ってハイファから二歩ほど距離を取る。ペアリングまでしておきながら職場では頑強に自分との仲を認めようとしないバディに、ハイファは不満たらたらの顔を向けた。シドは目を泳がせる。  そこにやってきたシドの先輩のマイヤー警部補が涼しい顔で言い放った。 「イヴェントストライカが絡んで一滴の流血もないとは、珍しいじゃありませんか」  もう一人、こちらはシドの後輩のヤマサキがにこにこしながら指折り数える。 「先輩、午前中は通り魔にひったくりの居直り、街金強盗の三本立てでホシの五人全員、片腕撃ち落として病院送りだったそうっスね。イヴェントストライカここにあり……ゴフッ!」  シドの膝蹴りが腹に入ったヤマサキは涙目のまま続けた。 「衆人環視での、発砲により、警察官職務執行法違反で、始末書は、今週に入って十一枚目、ヴィンティス課長泣かせのイヴェントストライカの面目躍如……がが、ぐげっ!」  自分につけられた嫌味な仇名を二度も口にした後輩の首を絞めながらシドは実況見分が始まるのを待った。
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