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第5話
「で、シド」
「んあ、何だ?」
「僕というものがありながら、何で合コンに出席なのサ!」
椅子をくるりと回転させたハイファは片手に電子回覧板を持ち、片手で銃を抜いていた。その表情はシリアス、反射的にシドも銃を抜き、互いに顎の下にねじ込み合う。
太陽系では普通、私服司法警察員は通常時の銃の携帯を許可されていない。持っている武器といえばリモータのスタンレーザーだけだ。それすら殆ど使う機会がない。
しかし普通の刑事ではないシドとそのバディのハイファに限っては、スタン如きでは事足りない。銃はもはや生活必需品で必要性は捜査戦術コンも認めていた。
シドは三桁もの針状通電弾体・フレシェット弾が連射可能なレールガンをハイファの首筋に突き付けている。マックスパワーならば有効射程が五百メートルという危険物は、右腰のヒップホルスタだけでは安定しない巨大なシロモノで、長く突き出た銃身をホルスタ付属のバンドで大腿部に固定し保持していた。
一方のハイファがシドの顎の下に食い込ませているのはソフトスーツの下、ドレスシャツの左脇にショルダーホルスタでいつも吊っている火薬カートリッジ式の旧式銃である。薬室一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルは名銃テミスM89をコピーした品だった。
撃ち出す弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット・九ミリパラベラムで、汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、いわゆる交戦規定に違反していた。銃本体もパワーコントロール不能で、これも本来違反品であるが元より私物を別室特権で使用している。
「付き合いなんだから仕方ねぇだろ、お前も参加すりゃあいいじゃねぇか!」
「そうして貴方が女性の胸だの脚だのを眺めるのを僕に見てろっていうの!」
「別に俺は警務課の綺麗どころの脚だの胸だのを見る趣味は――」
言葉は立ち消えとなった。シドのリモータとハイファのリモータがほぼ同時に振動を始めていたのだ。その発振パターンこそ――。
「げーっ、きやがった……」
「……わあ、別室――」
小さく呟いてからハイファが顔を上げ、キッとシドを睨む。
「貴方が話題にするから!」
「そこで俺のせいかよ、別室員!」
「声が大きいってば。それよりシドの巣でいいよね?」
「……ああ」
二人はするりと銃を仕舞うとデスクを離れ、地下への階段を辿った。地下は機捜課専用の留置場となっている。シドが自身で引っ張ってくる客以外は住人のいない、ワイア格子の挟まれたポリカーボネート張りの個室の向かって一番右の三メートル四方の空間が、通称シドの巣と呼ばれていた。
真夜中の大ストライクによる非常呼集を課長以下課員一同が恐れるが故に深夜番を免れているシドではあるが、信念の足での捜査は昼夜を問わない。そういった自主的夜勤に励んだときなどに、ここで寝泊まりしていたのだ。階段を上れば出勤という手軽さである。
今でこそハイファがいるので泊まることはなくなったものの巣はそのまま存続して、課長から外出禁止令を食らったときに不貞寝をしたり、趣味のプラモデル製作にいそしんだりしているのだ。
公私混同という向きもあるが、ここに篭もっていればストライクしないので、ここを利用するのを奨励こそすれヴィンティス課長以下、誰も咎めはしない。
ハイファにしてみれば、ほぼ二十四時間行動をともにしているのに、ちょっと目を離すといつの間にかゴミ溜めの汚部屋になっているという非常にナゾな部屋なのであった。
どれだけ汚染されていても主が土足厳禁と言い張る室内に、シドに続いてハイファも靴を脱いで足を踏み入れた。三日前にハイファがキリキリと怒りながら掃除をしたばかりで今日はまだ床が綺麗に見えている。飲料の空きボトルがふたつと『AD世紀の幻のプラモシリーズ』の箱にパーツ、工具などが散らばっているだけだ。
床から掌サイズの灰皿を拾い上げシドは硬い寝台に腰を下ろす。
灰皿を脇に置いたが煙草を出そうとはしない。そっとハイファも隣に腰掛けた。その途端にシドはハイファを抱き竦め、唇を奪う。
柔らかな唇を荒々しく貪り、捩るようにして開かせた。尖らせた舌で歯列を割ると、届く限りの口中を舐めまわす。ハイファの舌を捉えて絡め取り、唾液ごときつく吸い上げた。
「んっ、ン……はぁん……あっ、シド!」
舌先を痺れるほどに吸われ、何度もねだられるままに唾液を与えて、ようやく解放され息をついたハイファは、今度は硬い寝台に上体を押し倒されて目を丸くする。
「ハイファ……ハイファ――」
握られた両手首を顔の横で縫い止めるように固定され、のしかかられてハイファは身動きもままならない。そのまま首筋に顔を埋められ、吐息がかかると躰に電流が走ったような気さえした。シドの熱い舌がくつろげた襟元から鎖骨近くまで這う。
「シド、だめ……許して、シド!」
目の前二十センチの超至近距離で切れ長の目が見つめていた。
「……冗談だ」
意外にあっさりと手を離されハイファは眩暈を宥めながら躰を起こす。急激な脈拍の上昇を意識しつつ、透明樹脂の壁越しに辺りを窺った。誰もいない。
「ちょ、冗談きついよ……吃驚した」
笑って見せるもシドのポーカーフェイスはシリアスだった。
「俺にはお前だけだ、ハイファ」
「そっか。ごめんね」
「何が、だ?」
「色々。合コンのこととか、噴水に落ちるの助けなかったこととか」
「いいさ、別に風邪も引かなかったし……は、ハックシュン!」
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