コンフォートゾーン

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コンフォートゾーン

 幅1メートルほどのスチール机が並ぶオフィス。  灰色の天板は、ほとんど書類で埋め尽くされている。  右手に電話の子機があり、鳴った瞬間に手を伸ばせるようにいつも姿勢を気にしている。  部屋にはエアコンの音が響いていた。  壁にホワイトボードと緑の掲示板があって、どちらも書類のカオスが展開されている。  今週の予定くらいは見えるように書類を避けた空間があるが、少しでも隙があれば紙を貼り込んでいく。  DX化をして、パソコンやスマホで掲示板を見ることもできる。  だが反射神経で情報を得る場面もあるため、紙媒体と併用しているのが実態である。  いわゆる過渡期の弊害が顕著に現れた職場だった。  狭いオフィスには、若い課長が隅に座っていて雑談などを時折しては外に出て行く。  社員は皆たくさんの仕事を抱え、忙しそうに書類を読んだりパソコンを打ったり、電話をかけたりする。  棟田 英和(むねた ひでかず)は、新卒で入社してから28歳になるまで毎日この部屋で缶詰めになって事務仕事をする日が多かった。  毎年同じ流れで仕事をしているため、いつどんな書類を作ればいいのか把握できていたし、最近は上司に間違いを指摘される回数が減ってきていた。  ただ、この空間にいれば給料が支払われる。  だが昼頃になると決まって、憂鬱な気分になってしまう。  今日は昼食を用意していなかったため、一人で外に出た。  オフィスビルから出ると、すぐに繁華街があるので何でも食べられる。  最近はラーメン屋が増えて、さまざまなチェーン店が並んでいた。  一人で食べるため、安くてすぐに済ませられる店に入りたい。  店の雰囲気とか味は求めていない。  燃料補給に立ち寄るくらいの気持ちである。  街の賑わいも、疲れた神経には鬱陶(うっとう)しい。  周りの迷惑を考えず横に並んでゆっくり歩く集団がいると、つい舌打ちをした。  歩道を走る自転車も多い。  たくさんの歩行者を縫うように走られると危険を感じる。  そもそも自転車は車両だから、降りて押さなくてはならないはずだ。  ぼんやりしていると、横から割り込んで来た人に、視界を塞がれる。  酷いときには押し退けてくる人もいる。  人間はなぜ、争うのだろう。  真っ直ぐ歩きたい欲求くらいは通してほしいものだ。
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