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不審火
「あら。帰って来た。どこまで墓参りに行ってたのかしら。」
と母が言う。
呆れた声だ。一緒に線香をあげようと追いかけてきた母が、墓地で待ちぼうけになっていた。
「ごめん、ごめん。」
いつもの調子で返しておく。
「近所の子と遊んじゃって。」
「まぁいやだ。子供と一緒になって、はしゃぐなんて。精神年齢が近いのかしら。」
「大人よりは付き合い易いね。話が通じるもの。」
それから次の言葉に少し躊躇った。
「近所で火事があったらしいよ。」
「そういえば、まだ寝てるうちに消防車の音がしてたわね。」
言いながら、母は我が家の墓石を見上げる。
「最近は火の用心もやってないしね。気をつけないと。」
「木を打ち鳴らすの?」
「そうよ。昔、父さんが消防団の人達と一緒にやっていたでしょう?」
と言われても記憶に無い。
他にも帰省客がいるようで、三軒隣は賑やかな家族連れが墓参りに来ている。犬も一緒に来ている。
「覚えてないか。父さんはシラヌイ除けにって、よく言ってたわ。」
「シラヌイ…。」
「気が付かないうちに火が出るの。夜の火事は怖いのよ。」
「シラヌイって、どういうところに出るのか知ってる?」
母は線香をたてると、さっさと片付けて帰路を歩き出す。その後ろをゆっくりと追いかけた。慎重に。心臓が、まだ早い鼓動で動いているので。
「寝タバコ。古いコンセントとか…。スプレー缶も放っておくと爆発するのよ。」
母の履いているピンクの穴開きサンダルが、妙に懐かしい。カーブミラーはなんとも微妙な位置に陣取って、こちらを見下ろしている。
「つまり、そういう、隙の多い家を好む妖怪なんだね? シラヌイは。」
そう言うと、母が珍しくホッホッホと豪快に笑った。
「やめてよ、アンタまで父さんみたいなこと。妖怪なんて、いないわよ今時。」
「でも、それじゃあシラヌイは…」
山の斜面に沿ってゆるやかなカーブ。風に揺れる木々の賑わい。道の先では一人の少年が手を振っている。頭にお面を乗せている。
何処か指差し口を動かした。我が家の方向だ。
「ただの不審火よ。」
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