第38話 冥界カウンセリングルームαへようこそ

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第38話 冥界カウンセリングルームαへようこそ

 ここは、冥界カウンセリングルームα。  冥界入り口の行先振り分け担当が、振り分けられない魂が送り込まれる、カウンセリングルームのひとつ。  カウンセラー・兼・行先判定士の座る真っ黒なデスクと椅子、デスクの手前に引かれた真っ赤なライン以外には何もない、真っ白な部屋。  部屋の入り口から赤いラインまではおよそ7メール程。  左右の壁にはそれぞれ5つずつ、扉が並んでいる。  ルームαのカウンセラー・兼・行先判定士は、エマ。元人間。現、冥界の住人。  濃紫のボウタイブラウスに、デスクで隠され見えない足元は、黒のロングスカートを着用している。  烏の濡羽色と表されるストレートの長い髪。  パッツリと切りそろえられた前髪の下には、くっきり二重の大きな吊り目。  瞳の色も、髪色に負けず劣らず、美しい漆黒。  エマのすぐ隣に直立不動の姿勢で控えるマーシュは、エマの執事兼教育係兼婚約者にして閻魔大王の後継者。  黒のスーツに白のワイシャツ、濃紫のネクタイを…… 「ていうか、さ。兄である僕の許可も取らずに、何勝手に婚約してるの」  憤懣やるかたない様子で、座り心地の良い真っ黒な肘掛け椅子に体を預け、サファイアブルーのローブに身を包んだテラが、マーシュを睨む。 「ほんと、職権乱用し過ぎだよね、マーシュって」 「別に無理やりな訳じゃなし、それに兄って言ったって、現世の頃の話だろう?エマもお前ももう、冥界(ここ)の住人なんだ。そんなもの関係ない」 「それはそうだけど、さ。ねぇマーシュ、僕紅茶が飲みたいんだけど」 「自分で入れればいいだろう?」 「エマが、マーシュが淹れる紅茶が一番美味しいって」 「……お前なぁ」  小さくため息を吐きながらも、マーシュはルームの奥へと姿を消す。  と同時に、執務服を身に着けたエマがルームへと入ってきた。 「あれ?テラ、来てたの」 「うん。ちょっと休憩がてらエマの顔を見にきた」 「朝も会ったと思うけど?帰ればまた顔は合わせるだろうし」  キョトンとした顔で、エマは小首を傾げてテラを見る。 「いいんだよ。僕はエマの顔を見ると、疲れが癒えるんだから」 「そうなの?それで、リハビリテーションの勉強は、順調?」 「うん。いいライバルもいるしね。大変なこともあるけど、天国にいた時よりずっと、僕には充実した時間を過ごせていると思うよ」  冥界産の紅茶を飲んでしまい、期せずして天国の住人から冥界の住人へとなってしまったテラは今、エマに与えられた住居に居候する形で共に暮らし、リハビリテーションルームの担当の資格を取得するべく、日々勉強に励んでいる。  ちょうど同時期にリハビリテーションルーム担当の資格取得を目指し始めたナズナは、テラにとっては良いライバルとなっているようだ。  天国の住人が冥界の住人になってしまった事については、本人からの異議申し立てが無いこともあり、マーシュとナズナの心配をよそに、それほど問題になることは無かったらしい。  ……もっとも、この情報自体が閻魔大王からもたらされた情報であるため、もしかしたら閻魔大王自らが動いて事態の収拾を図った可能性も、捨てきれない訳ではあるが。 「ほら、淹れたぞ。飲んだらさっさと戻れよ。それからいい加減、家を決めろ、テラ。あそこはエマの家だ」  ティーポットとカップをトレイに載せ、ルームの奥から戻ったマーシュが、文句を言いながらもテラの前にカップを置き、ゆったりとした仕草で紅茶を注ぐ。  その香りにうっとりと目を閉じながらも、テラはマーシュに言い返す。 「うるさいなぁ、もう。だってエマ、言ってたよ?そろそろマーシュの所に引っ越すから、ここはテラが使っていい」 「テラっ!それはまだっ」 「あっ、ごめん。まだマーシュに言ってなかったの?」 「エマっ、もしかして、俺の所に来てくれる気になったのかっ?!」  抱きつかんばかりの勢いで迫るマーシュからスルリと身を躱すと、エマは八つ当たりのように肘掛け椅子に座っていたテラを立ち上がらせ、代わりにドカリと腰を下ろす。 「仕事だ、マーシュ」 「かしこまりました」  ほら、早く帰れ、テラ。  と、小声でテラを追い出そうとするマーシュに構わず、テラはトレイの上にカップを載せると、ティーポットごとルームの奥へ身を隠し、そこからルーム内を覗いている。  集中して次に迎える魂の情報のインプットを終えたエマが、ふぅっと息を吐きだしながら、すぐ隣に控えるマーシュを見上げる。  黒のスーツに白のワイシャツ、濃紫のネクタイを着用しているマーシュは、洗いざらしの真紅の髪に、燃えるような赤い瞳。  エマの表情から不安を読み取ったマーシュは、小さく頷いて笑った。 「今度の魂は、ギーガルが【H-8】と判定したやっかいな魂だ。だが、今のエマなら大丈夫。それに、いざとなれば俺もついている。エマの思うように、やればいい」 「わかった」  マーシュの言葉に小さく頷き返し、エマは真っすぐにその視線をルームの入口へと向ける。 「いらっしゃいました」  ほどなくして、ゆっくりと開く、ルームαの入口の扉。  大きく息を吸い込むと、感情をのせることなく、吐いた息でエマはお決まりの言葉を口にした。 「冥界カウンセリングルームαへようこそ」 【完】
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