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第22話 テラの日常 2/2
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「わたし、水島くんの事が好きです。もしよかったら、わたしと」
「ごめんね」
真っ直ぐに自分への想いを伝えてくれた相手に対し、テラは深々と頭を下げた。
「僕を好きになってくれたのは、すごく嬉しい。ありがとう。でも、僕には守りたい、大切な人がいるんだ。彼女がいる限り、僕はきっと誰も好きにはならない……恋愛的な意味では、ね。だから、本当にごめんなさい」
肩を落として去って行く彼女の後ろ姿を見送りながら、テラは大きく息を吐き出す。
傷つけてしまったであろう彼女の気持ちを思うと、胸が痛んだ。
物心ついた時からどういう訳か、テラは妹であるエマを守らなければという使命感に駆られていた。
双子の妹であるエマとは、当然ながら年は同じ。
ただ、性別が異なるのみ。
それでも、
「うわぁぁんっ、テ~ラ~っ!」
部屋の中に蜘蛛がいたと言っては泣いてテラの名を呼び、買って貰ったばかりのワンピースを汚してしまったと言っては泣いてテラの名を呼ぶエマが、テラにはたまらなく愛おしく。
いつの頃からか、ことあるごとにエマへこう言葉をかけるようになっていた。
「僕たちは同じ日に生まれた双子なんだ。だから、僕たちはふたりでひとつ。何があっても、エマは僕が守るからね」
と。
「テラっ!蜘蛛っ!蜘蛛っ!」
「はいはい、ちょっと待って」
大きくなっても、何か起こるとエマはテラの名を呼び助けを求めた。
それは、事業を営んでいる両親が、不在がちであったことも理由のひとつだろう。
そして、常日頃から聞かされていた
「この水島の事業は将来テラが継ぐのよ。テラはしっかりしているから、お父様もお母様も安心だわ」
の母親の言葉も、少なからず影響しているに違いない。
「もう大丈夫だよ、エマ。蜘蛛はちゃんと捕まえて遠くに逃がして来たから」
優しく笑うテラに、エマは不思議そうな顔を向ける。
「テラは優しいね。絶対に殺さないものね、蜘蛛。それ以外の虫もだけど」
「それはそうだよ。虫にだって、命があるでしょ?それに、蜘蛛がエマになにかした訳じゃないし。さすがに、エマを傷つけるような蜘蛛だったら、躊躇なく殺すと思うけどね」
「ふふっ、テラなら殺さないと思う」
「そんなこと、無いよ?いつも言ってるでしょ?何があっても、エマは僕が守るからね、って」
「うん。ありがとう、テラ」
安心しきった笑顔を向けるエマに、テラは複雑な想いを抱えながらも笑顔を見せた。
これからもエマを守り続けるためにも。
エマの頼れる兄として相応しい男になるためにも。
僕は、過ちを犯さずに、しっかり生きていかなければ。
そう強く、胸に刻みながら。
***************
「どんだけシスコンだよ」
「ひどっ!『シスコン』の一言で片づけるっ?!」
「まぁ、結果天国行きになったのなら、シスコンでもいいんじゃないか?」
「……結果的には、エマを危険に晒すことになってしまったけど、ね」
「あれはテラの罪ではないぞ。第一、お前だって命を奪われた」
「僕の場合は自業自得だよ。でも、彼女にエマの命を奪わせてしまったのは、僕の罪ではなくても、僕のせいだ」
はぁっ、と肩を落として溜め息を吐くテラの姿に、マーシュがボソリと呟いた。
「なるほど、な。天国行きになる訳だ」
「えっ?」
「気にするな、ひとりごとだ」
そう言うと、マーシュは再び魂の情報のインプットを始めた。
「なんだか忙しそうだから、僕もそろそろ帰ろうかな」
言いながらテラは天国へと続く扉へと足を向け……
「わっ!ちょっとマーシュっ、引っ張らないでよ!危ないじゃない」
顔も上げずにむんずと服を掴まれてバランスを崩しそうになり、マーシュに抗議の声を上げる。
だが。
「お前、暇なんだろ?少し手伝え」
「はぁっ?!冗談でしょ?!何で僕が」
不満げに頬を膨らませるテラに、マーシュはニヤリと笑って言った。
「気にはならないのか?エマがここで何をしていたのか。さすがにエマの代わりをしろとは言えないが、エマがいた時の俺の代わりくらいなら、やらせてやっても構わないぞ?」
「なにその上からの言い方」
そうは言ったものの、マーシュの提案にはテラも異論は無い。
「分かったよ。マーシュがそこまで言うなら手伝ってあげてもいいよ」
「よし。じゃ、これに着替えろ」
「は?」
「そんな『天国の住人』丸出しの格好じゃ、ここへ来た魂が勘違いするからな」
マーシュが手にしていたのは、黒を基調とした執事服。
対して、テラが身に付けていたのは、ゆったりとした白のローブ。
「確かに」
小さく頷き、テラはマーシュから執事服を受け取る。
「どうでもいいけど」
「どうでもいいなら言うな」
「エマの好きな色ってね」
テラの言葉に、マーシュがピクリと反応をする。
「赤、なんだよ」
「えっ」
魂の情報のインプットを中断し、マーシュは顔を上げてテラを見た。
「その色、エマの好きな色に合わせたの?確か、ここずっと、黒かったよねぇ?」
そう言ってテラが指をさしたのは、マーシュの髪と両の瞳。
「バカ言え。これが元々の俺の姿だ」
「だろうね。初めて会った時も、その色だったし。まぁ……黒よりはそっちの方が似合ってると思うよ?」
「そりゃどうも。って、お前は俺をなんだと」
「じゃ、僕着替えて来るから」
「おい、テラっ!俺の話をっ……ったく、あいつは」
ヒラヒラと片手を振りながらルームの奥へと姿を消すテラに溜め息をつくマーシュだったが。
『なんだ、もう戻してしまったのか』
『えっ?』
『赤い髪も、似合っていたが』
ふいに、初めてエマに正体を明かした日の会話が、甦って来た。
「なんだよ。赤が好きなら最初からそう言えば良かったのに」
エマを想い、マーシュの胸をじんわりとした温かさと切なさが満たす。
「マーシュ!なんかこれ、ちょっと大きいんだけどっ」
「……あぁもう、めんどくせえなぁ」
ルームの奥から聞こえるテラの声に、マーシュは苦笑を浮かべながら、テラの元へと向かった。
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