第23話 動物虐待 1/3

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第23話 動物虐待 1/3

 ここは、冥界カウンセリングルームα。  ルームの主は、閻魔大王の息子であり跡継ぎでもある、マーシュ。  冥界カウンセリングルームには、冥界入り口の行先振り分け担当が振り分けられない、人間の魂が送り込まれる。  ルームは他にも数多く存在しているが、このルームαには、他のルームでは捌ききれない魂が送り込まれてくることが多い。  なぜなら。  マーシュはこの冥界において、閻魔大王に次ぐ力と決定権を与えられているからだ。  もっとも、問題発生時の最終決定者は、閻魔大王であることには変わりは無いのだが。  各ルームの主の役割は、送り込まれて来た魂のカウンセリングおよび行先の判定。  その人間が生前どのような罪を重ねて来たのか。  罪を犯した背景とは。  罪を犯すに至った心境とは。  そして。  己が犯した罪に対して、どのように向き合っているのか。  送られて来た魂から直接情報を引き出し、改めてその魂に相応しい行先の判定を行う。 (って、今ならエマに説明できるんだけど、な)  座り馴れて体に馴染んだ真っ黒な椅子に腰かけ、同色の真っ黒なデスクに両肘をつき両手の平の上に顔を乗せながら、マーシュはぼんやりとルームの入り口を眺めた。  テラとの約束でエマの魂をこの冥界で一番安全だと思われる場所で守るためには、自分の手元に置いておくのが一番だと判断したマーシュは、エマを一時的にこのルームαの主に据えた。  執事兼教育係兼恋人という肩書で、エマの傍らに寄り添いながら。  生前のエマを、短い間ながら現世に赴いて見守り続けたマーシュは、そのひたむきな魂にいつの間にか心を奪われていた。  テラとの約束がなくとも、守りたいと思うようになっていた。  命を奪われたエマの魂をこの冥界に連れてきてからというもの、そう遠くない先に、マーシュはエマと結ばれる未来を思い描いていたのだ。  エマが来るまでは、このルームαの主としてマーシュは、送り込まれた魂が生前に重ねて来た罪のみに重きを置き、判定を下していた。  人が罪を犯すには、様々な事情があり、理由がある。  それはもちろん分かっていたつもりではあったが、もしかしたら本当の意味で理解していた訳ではなかったのかもしれないと、悩みながらも懸命にルームαに送り込まれた魂の行き先の判断を下すエマの姿を見て、マーシュは思っていた。  人間ではない自分に、罪を犯した人間の心情など分かるはずはない。分かる必要も無い。  どんな罪でも、罪は罪。  罪の重さによって課される罰は、平等に判断するべき。  それが、各ルームの主の役割であり、正しい判断基準である。  揺らぐことの無かったマーシュの中の判定士としての基準は、今や大きく変化していた。  だが、その変化を生じさせたエマは今、ここには居ない。  すべての記憶を消され、再び現世で自分らしく生き直す決意をしたエマを、マーシュは送り出してやる道を選んだのだ。  エマを大切に想っていたから。 「来たよ~」  すぐ隣から聞こえて来た何とも緊張感の無い言葉に、マーシュは顔を顰めて傍らに立つテラを睨んだ。  烏の濡羽色のような艶やかな黒髪に、同色の大きなタレ気味の瞳は、エマにそっくりではあったものの、少し幼い顔立ちだ。  エマがこちらへ来るよりも少し前に、現世から離れてしまったからだろう。  そのせいか、マーシュが渡した執事服もどこか、着せられている感が否めない。 「いらっしゃいました、だ」 「……いらっしゃいましたっ」  不貞腐れた様に言い直し、テラはプイッとマーシュから顔を背ける。 (子供か?ていうか、これが本当に、エマが頼りにしていた兄なのか?なんでこんなのが天国行きなんだ?)  小さくため息をつくと、マーシュは改めてルームの入り口に目を向けた。  直後。 「父ちゃん……父ちゃんは、どこ?」  閉じられた入り口の扉のすぐ前に立ったまま、心細そうにキョロキョロと辺りを見回す少年の声が、マーシュの耳に届いた。 「冥界カウンセリングルームαへようこそ」  無表情のまま、感情の無い口調でそう口にするマーシュに、テラは驚きの表情を浮かべてマーシュを見た。  何か物言いたげなテラを無視し、マーシュは続けて少年へ声をかける。 「こちらへ」 「……はい」  真っ白な部屋の中。  左右の壁にそれぞれ5つずつ並んでいる扉に不思議そうな目を向けながら、少年はゆっくりとした足取りでマーシュの座るデスクへと歩み寄り、デスクの手前に引かれた真っ赤なライン上で足を止める。 「父ちゃんは、どこですか?」  少年が立ち止まった赤いラインは、マーシュのデスクからは数段低い場所にある。  おとおどとした顔で、上目遣いで見る少年の目を、マーシュは上から見下ろす形で覗き込んだ。  事前にインプットした情報によると、少年は生前、何体もの動物の体を切り刻んではその命を奪っていたという。  ただ、それを指示していたのは、彼の父親。  彼の父親は、見かけのよく似た動物を二体用意しては、その内の一体のみを彼に与えて、こう告げていたのだ。  お前の好きなように、これをバラバラにしてごらん。  どこを切っても、どう切っても、構わないよ。  頭の中には脳みそもあるし、お腹の中には色々な内臓があるからね。  取り出して、よく眺めてみるといい。  なぁに、他の人だって、こんなこと誰でもやっていることだよ。  暴れると困るから、脚は縛っておこうね。  噛まれると困るから、口も開かないようにしておこうか。  大丈夫だよ、動物はね、痛みなんか感じないのさ。ただ、怖くて暴れているだけだ。  それにね。  切ったところをくっつけて元通りにして縫ってあげれば、ちゃんと生き返るんだよ。  だから、大丈夫。  思い切り、切り刻んでごらん。  さぁ、ほら。  もちろん、生きながらにして体中を切り刻まれた動物が、その後生き返ることなど無かったのだが。  彼の父親は、疲れ果てて彼が眠ってしまった隙きに、彼が『元踊りにして縫い付けた』動物を事前に用意していた他の一体とすり替えた後、目を覚ました彼にそのすり替えた動物を見せて彼を安心させていたのだ。  ほら、ちゃんと生き返っただろう?  元気に走り回っている。  お前の縫い方が上手だったからだな。  すごいぞ。  などと、優し気な笑顔で褒め称えながら。  事前にインプットした情報は、今まで様々な魂に接してきたマーシュでさえも、胸糞が悪くなるような情報だった。  だが、その胸糞が悪くなるような行為を少年に指示したのは、現世でこの少年の父親であった人間。  この少年ではない。  この少年の魂はまだ、十分に救いようがある。  そうは思ったものの、少年の中にある罪悪感のあまりの小ささに、マーシュは頭を悩ませた。  エマなら、この少年とどう向き合うだろうか。  この少年にどのように、犯した罪と向き合わせるだろうか。  そう考えながら、マーシュは少年に問うた。 「そんなに父親に会いたいか?」
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