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第27話 話し合い ~ 想いの力 ~ 2/5
「未来の妃は、あたしだと思ってたのよ、ずっと」
テラが淹れた紅茶を飲み、おいしいと一言呟いたナズナが、寂しそうな笑みを浮かべてポツリと呟く。
ようやく泣き止んだナズナを、マーシュはルームαに連れて帰った。
そして、一時的に魂の送り込みをストップさせて、ナズナと話し合う時間を設けたのだ。
「マーシュって意外と鈍感なところありそうだもんね」
「あら?分かる?ふふふ……面白いわね、天国の住人さん」
「もしかして、キミがナズナ?」
「そうよ。あなた、あの子の」
「うん。僕、テラ。エマの双子の兄。とは言っても、エマはもう僕の妹じゃ、なくなっちゃったけどね」
「現世に戻ってしまったのよね、あの子」
「うん。エマは真面目で頑固だから、一度言い出したらきかないんだ。冥界に留まってくれれば必ず守るって、せっかくマーシュが僕に約束してくれたのにさ。だから僕だって、安心して天国に行ったのに」
「えっ?……もしかして、天国行きを拒否してルームα行きになった人間て……」
「そう、僕」
「ほんと、面白いわね、テラって」
「そうかな?」
ルームの主をよそに、ナズナとテラの和やかな会話が続く。
ゴホンッ!
マーシュの大きな咳払いにナズナと顔を見合わせたテラは、小さく舌を出して笑うと、その場を離れようとした。
だが、ナズナの手が、テラが身に付けている大きめの執事服の裾を掴む。
「わっ!ちょっと、危ないから、ナズナ。いきなり掴まないで」
「ここに、居てくれない?」
「えっ?僕?」
「うん。……あたしが感情的になっちゃったら、止めて欲しいんだ」
「そっか。分かった」
あっさり頷くと、テラはナズナのすぐ隣に腰をおろし、マーシュと対面で向き合う。
さしずめそれは、テラに対する宣戦布告のようで。
「なんでお前がそっちにつくんだよ」
「僕はいつも弱い人の味方だからね」
「ナズナはそんなに弱くないっつーの」
マーシュは隠そうともせず、深いため息をついた。
「やっと、あたしと一緒になる気になってくれたんだと、思ったのに」
「えっ、なんで?」
始め~!
という、なんとも間の抜けたテラの開始の言葉で、マーシュとナズナの話し合いが始まった。
「だって……花嫁のドレスみたいだったから、マーシュが作りたいって言ったドレス。だからあたし、あれはてっきりあたしの為に作ってくれてるのかと」
「はぁっ?!」
「あんな子がいるなんて、あたし知らなかったし。他に女の噂があった訳でもないし」
「ちょっと待て」
落ち着いた感じで淡々と話すナズナの言葉を、マーシュは一旦遮り、テラの淹れた紅茶で喉を潤して混乱した頭を落ち着かせる。
「その話の流れだと、お前が俺に気がある、ってことになるが」
「そうだけど」
「えー、気付かなかったの?マーシュ、鈍感過ぎない?」
「テラは黙ってろ」
「はぁい」
思いもしなかったナズナの告白に、マーシュは深紅の髪に両手の指を突っ込み、クシャクシャと掻き回す。
「いつかマーシュのお嫁さんになるって思ってたから、だからあたし、地獄の監督者の資格、AからHまで全部取ったんだよ。マーシュが行き先を判定した魂全てに、ちゃんと罪を償わせることができるように。少しでもあなたの役に立てるように。いつか閻魔大王の妃になった時に、恥ずかしくない自分でいられるように」
「……そんなに前から、か?」
思い返せば、ナズナが地獄の監督者を始めたのは、ちょうどマーシュがカウンセリングルームの担当を任された時。
経験不足で未熟なマーシュは、当時の教育係に説教をくらっては、よくナズナに愚痴を聞いて貰っていた。
その時のナズナの言葉が、ふいにマーシュの脳裏に甦る。
『あたし、地獄の監督者になる。マーシュがどこに行き先を判定しても、その魂の監督ができるように、全部の資格取るから。だから、マーシュも頑張ろう?』
(そんな前から、か)
今やナズナは、若くして地獄の監督者としてはスペシャリストだ。
相当な努力を重ねたのだろう。
ナズナが指導をした監督者も皆、その腕を日々上げている。
だからこそ、どのルームの主も、安心して判定を下せている。
それは、もちろんマーシュも同じ。
「ねぇ、マーシュ。もしあの子が現れなかったら……あたしをお嫁さんにしてくれてた?」
「仮定の話には答えられない」
「相変わらずね。じゃあ、質問を変えるわ」
ナズナの大きな緋色の吊り目が、真っ直ぐにマーシュを見る。
「あたしの事、ほんの一瞬でも好きでいてくれたこと、あった?」
好き。
それは、どのような感情だっただろうか、と。
マーシュは頭から両手を下ろし、視線を下げてナズナから目を逸らすと、片手を口元に当てた。
ナズナは幼馴染みで、大切な存在だ。仕事の上では感謝もしている。
だが。
どうしようもなく心が惹かれてしまったのは、ナズナではない。
それは、エマだ。
ナズナには答えられないとは言ったものの、もしエマと出会っていなかったら、もしかしたら行く行くはナズナを嫁として迎え入れていたかもしれない。
けれども。
エマと出会ってしまった今、その未来は、有り得ない。
おそらくナズナにだって、分かっているだろう。
もし仮に。
この先エマが、永遠にルームαに戻る事が無かったとしても。
(俺が、ナズナを選ぶことは、無い)
口元から手を離すと、マーシュは再びナズナと視線を合わせ、答えた。
「お前は俺にとって、大事な幼馴染みだ。今までもこれからも、それ以上でもそれ以下でもない」
「……そっか。片想い、だったんだね、あたし。ずっと」
伏せた瞼に緋色の瞳が隠されると同時に、大粒の涙がふっくらとした褐色の頬の上を滑り下りる。
膝の上で硬く握りしめられた拳は細かく震えていた。
思わず抱きしめようと伸ばしかけた腕を、マーシュは必死に押しとどめる。
(ナズナ……)
と、その時。
「こんなに握りしめたら、爪が食い込んで痛くなっちゃうよ?」
握りしめられたナズナの拳の上に、テラがそっと片手を乗せる。
「ねぇ、知ってる?振った人よりも振られた人の方が、何倍も強く美しくなれるんだよ。だから、さ。こんな鈍感さっさと忘れなよ。ナズナはきっと、もっともっと綺麗になれるよ。今でも十分、綺麗で可愛いけどね」
そう優しい声で語りかけながら、テラはもう片方の手でナズナの肩を引き寄せた。
「う、ん……そうだね、そうだよね。こんな、鈍感……こっちから、願い下げ」
テラの肩に頭を預け、ナズナは涙を流し続ける。
【大丈夫、僕に任せて】
そう視線で告げて来るテラにナズナを預け、マーシュはそっとルームαを出た。
「エマ……ナズナと話せって、このことだったのか?」
その問いに答えてくれるエマは、今ここには居ない。
「俺、ダメだなぁ……さすがにこんなにダメだとは、思って無かった。だからさ」
それでも、マーシュはまるでそこにエマがいるかのように、言葉を続けた。
「絶対に戻ってきてくれよな、エマ、ルームαに。……俺の所に。待ってるから、な」
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