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第30話 話し合い ~ 想いの力 ~ 5/5
「テラが言ってたのよ。『なんでみんな、自分以外の誰かをこんなにも想ってしまうんだろう?あまりに想いが強すぎて、間違った方向に向かって、人を傷つけて、罪を犯してしまうことだってあるのに』って。それで思ったの。確かに、地獄に送られてくる人間の魂には、誰かを想うが故に罪を犯してしまった魂が多いわ。なのになぜ、そんな想いを抱いてしまうんだろうって」
「確かに、な」
「あたしもね。酷い事、思ったから。エマなんか、居なければよかったのにって。……ごめんね」
「馬鹿だな。そんなの、言わなきゃ分からないだろ?」
「テラと同じこと言わないでよ……でも、思っちゃったこと黙ってるの、イヤだったし。それに今はそんなこと思ってない。……正直、まだ悔しいとは思ってるけど、ね」
「だから……」
言わなきゃ分からないだろ。
まっすぐなナズナの目に、マーシュはその言葉を飲み込んだ。
ナズナは感情の起伏は激しいが、根は誰よりも優しくて真っ直ぐだ。
だからこそ、自分の中に沸き起こってしまったエマに対する負の感情を、テラにもマーシュにも隠すことはできなかったのだろう。
申し訳無いという、思いから。
強すぎる想い、誤った方向へ向いてしまった想いを抱いてしまった人間は時に、罪を犯すことさえ厭わなくなってしまう。
否。
罪である、という意識すら、手放してしまうこともある。
おそらくそれは、人間だけでなく、冥界の住人とて同じ事。
もしかしたら、天国の住人さえも。
(だが……想いの無い世界でなど、生きていける者がいるのだろうか。いや、想いの無い世界など、そもそも存在できるのか?)
ゾッとする世界を思い浮かべ、顔を顰めたマーシュに、ナズナが言った。
「でもね。あたしテラの話を聴いて思ったんだ。テラは、叶わない想いと分かっていても、その想いを大切に抱えていたからこそ、真っ直ぐに生きて、天国の住人になった。たとえ叶うことのない想いでも、大切に持ち続けていたからこそ、その想いが罪を抑止する力になっていたんだよね、きっと。それどころか、自分自身をより高める力にもなっていたんだと思う。まぁ、罪を犯さないようにするために人を想う訳じゃないだろうけど、要は試されているのかな。その想いを抱く事によって、その人がどう生きるかを」
「かもな」
テラに対しては、マーシュも思うところが多くあった。
口では『何でお前が天国に行けたんだ?』などと言ってはいるものの、接していれば嫌でも分かる。
テラは、天国に行くべくして天国の住人になったのだと。
(たまに呆れる事もあるけど、な)
小さく吹き出したマーシュは、ふとナズナの視線を感じて顔を上げた。
ナズナは今まで見たことが無い程に真剣な顔で、真っ直ぐにマーシュを見ていた。
「ナズナ?」
「あたしね」
マーシュから目を逸らす事なく、ナズナが続ける。
「多分……ううん、絶対、しばらくはマーシュのこと好きなままだと思う。小さい頃からずっと好きだったんだから、すぐになんか気持ちは切り替えられない。でもね。悪いとか、思わないで。この想いは、あたしの力。あたしもテラみたいに、この想いを力に変えたい」
「ナズナ……」
「マーシュのことが好きだったから、あたし、全部の地獄の監督者の資格を取ったの。マーシュのこと好きじゃなかったら、きっとこんなに頑張れなかった。だってね、すごく大変なのよ、地獄の監督って。マーシュなら分かってくれてると思うけど。叶わない想いでも、大切にしていれば、きっとあたしの力になってくれる。だからあたしね、今度はリハビリの資格も取ってみようと思うんだ」
「えっ?」
「地獄の監督者も、だいぶ育ってきたからねー。あたしがビシビシ鍛えて、みんなを育て上げてきたから」
「でもお前、リハビリは苦手だって」
「だから、よ。挑戦してみるの」
マーシュの心配をよそに、ナズナは屈託の無い笑顔を向ける。
地獄の監督も相当に厳しい仕事ではあるが、リハビリテーションルームの担当は、地獄の監督とはまた違った意味で厳しい仕事であることを、マーシュも理解はしていた。
罪を犯した傷だらけの魂を、贖罪に耐えうるまでに癒す仕事だ。
傷だらけの魂は、時にその感情を爆発させ、暴れ回ることもあると言う。
感情の起伏が激しいナズナには、どちらかと言うまでもなく、向いていない仕事であることは間違いない。
それが分かっているからこそ、ナズナ自身もこれまで、リハビリテーションルームの担当の資格の取得は避けていたのだ。
「大丈夫、か?」
「さぁね?でも、やってみないと分からないし」
そんな言葉を吐いて、カップに残ったチャイを、ナズナは一気に飲み干す。
「最近、鬼のマーシュがリハビリ判定下す事が増えたでしょ?マーシュがリハビリに回す魂はね、対応がもう本当に大変なんだって、担当がボヤいてたから、さ」
「……だからさ。『鬼のマーシュ』ってなんだよ?鬼はお前だろ」
「確かに。鬼はあたしか」
笑いながら、ナズナが両手で頭のツノに触れる。
「まぁでも。お前がリハビリも受け持ってくれるようになれば、カウンセリングルーム担当としては頼もしい限りだけどな」
「『鬼に金棒』って言うんだってね?あたしにぴったりの言葉じゃない?それ。今度から金棒でも持ち歩こうかな」
「それはやめとけ」
昔から変わることのない、ナズナとの会話。
そこには確かに、ほろ苦さも加わったものの、それを力に変えると言い切ったナズナの笑顔を眩しく感じながら、マーシュはいつの間にか胸に燻っていた罪悪感が消えて無くなっていることに気付いた。
「ねぇ、マーシュ」
「ん?」
「エマ、早く帰って来るといいね」
「そうだな」
「地獄行きになっちゃったら、あたしがちゃんと面倒見るから、安心して」
「……行かせない、地獄になんか」
「マーシュ?」
「今度こそ、俺は……」
その時は、確実に近づいている。
マーシュは強く、拳を握りしめた。
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